ケニー・カークランド


ケニー・カークランド

ケニー・カークランド(Kenneth Kirkland 1955年9月28日生)
 [アメリカ・キーボード奏者]


 ニューヨーク州ブルックリンのニューポート行政区にて生まれる。初めてピアノの鍵盤に触れたのは僅か6歳の時だった。カトリック系の学校を経てマンハッタン音楽学校に進み、そこでクラシックの演奏技術や理論および編曲を学んだ。その後教鞭を執った時期もあったがプロに転向。1977年にはポーランド人マイケル・ユーバンクスのグループ参加などを皮切りに活動を開始した。その後、ミロスラフ・ビトウスとのギグにも参加し、これはECMレコードから『First Meeting』や『Miroslav Vitous Group』として発売された。その後も著名なアーチストとの共演を多くこなした。

 1979年から1981年にかけては日野皓正のグループに加わり、日本のジャズミュージシャンとの親交を深めた。のち、ウイントン・マルサリスとの共演やブランフォード・マルサリス・カルテットへの加入が縁となり、ソロ活動を始めたスティングのレコーディングやステージのレギュラーメンバーとなるが、1998年に謎の死を遂げた。突然の死は、薬物のオーバードースによるとの説もあるが真偽は不明。サポートメンバーながら高い評価を得たケニーだったが、彼自身の名を冠したアルバムは『ケニー・カークランド・デビュー!』の1作品だけとなってしまった。

 1998年11月11日死去(享年43)





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