Moments番外編

B共に紡ぐ夢
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私達がこの里に落ち着いて数ヶ月。
梅雨もとうに過ぎ去り生活にもゆとりが出来たこの頃、戦いとは無縁の穏やかな毎日を過ごしていた。
「明日はお休みでしたっけ?」
「そうだな、久しぶりに山に散歩でも行くか?」
町での往診の帰り、手を繋いで明日の予定について笑顔で語り合っていた。
もうすぐ家に着くと言う所で、ふと烝さんが足を止め私の横で表情を強張らせた。
「・・・烝さん?」
「千鶴・・・俺から離れるな・・・。」
「・・・。」
この里に落ち着いてから、久しく見る事のなかった烝さんのそれは、新選組に於いて監察方として任務を遂行していた頃の顔だった。
あまりに緊張した彼の様子に私も気を張り巡らせ、ふと家へと向う道の途中に少し懐かしいような二度と会いたくは無かった気配を感じる。
「どうやら平和惚けしちまった訳じゃねぇようだな。」
一際大きな樹の陰から、ゆらりと姿を現したのは・・・。
「不知火さん!?」
「お、覚えてくれてたか。嬉しいね。そっちのあんたも、覚えてくれてるみてぇだな?」
「出来れば忘れたままで居たかったがな。・・・まずは在り来たりな質問をしよう。
『一体何の用だ?』」
「ふん、相変わらず読めねぇヤツ。心配しなくても風間の仇討ちとかじゃねぇから安心しろ。ちょっと聞きてぇ事があるだけだ。」
「聞きたい事?」
「ああ・・・。お前等、網道の行方を知らねぇか?」
「「・・・!!」」
不知火さんの口から飛び出したのは、私にとって忘れてはならない、忘れられる筈のない人の名前。
そして、その人がこの数ヶ月で行ってきた数々の事。
「その様子じゃ、知らないみてぇだな。あいつは長州で羅刹隊の増員と変若水の研究に明け暮れてた。
ヤツのせいで今じゃぁ紛い物の羅刹集団が戦の先鋒のほとんどを占めるようになっちまった。
長州の奴等がどうなろうと知ったこっちゃねぇが、俺達にしてみりゃ紛い物にいつまでもデカイ顔させとく訳にもいかねぇのよ。
で、網道を探し出して羅刹の増員を止めなきゃならねぇんだが・・・。さっぱり居所が掴めねぇんだ。」
「父様が、羅刹を・・・。」
「それで・・・千鶴の元に来ていないか確かめに来たと言う訳か。」
「まぁな。けど、来てねぇなら仕方ねぇや。もしヤツが現れたら、この狼煙を上げてくれ。すぐに俺か天霧が駆け付けるからよ。」
「・・・判った。」
「気をつけろよ?ヤツが羅刹を大量に作り出して長州に恩を売ってるのは、ある目的があるらしいからな。」
「目的?」
訝しむ烝さんに、不知火さんはニヤリと不敵な笑みを見せた。
「そいつ・・・てめぇが庇ってるそいつは東の純血だろう?しかもたった一人の生き残りだ。
あの男は、その女を担ぎ挙げて鬼の国を再興する気らしいぜ?
嘗ての風間が同じように西の鬼の再興を目論んだように、な。」
私達の脳裏に、どこまでも孤独で誰より誇り高い鬼だった風間さんの顔が浮かぶ。
彼もまた、私を妻として迎え鬼の繁栄を望んだ一人だった。
けれど、彼はもう居ない。
彼との戦いを制し、二度と鬼や羅刹に関わる事などないと思っていた私達にとって、不知火さんの言葉は衝撃以外の何物でも無かった。
一本の狼煙を残し、不知火さんは去って行った。
どうやって此処を突き止めたのかとか、何故今更とか、色々浮かぶ事はあったし、父様の行方についてもずっと気にはなっていた。
けれど、叶うなら今の平穏な暮らしを手放す事がないようにとそればかりが気になってしまっていた。
「大丈夫か・・・。」
気遣うように握られた烝さんの手も、少し冷たくなっているように思えた。
それが久しぶりに気を張っていたからか先行きへの不安からか私には判らなかったけれど、それでも繋いだ手の先からお互いの温もりを分かち合う事は出来た。
「平気です。帰りましょう、私達の家へ。」
にっこり笑って手を引くと、烝さんはほっとしたように微かに笑みを浮かべてくれる。
出来るなら、このまま平穏な生活を・・・。
父様の話を聞いた時から、そんな願いが叶う訳はないと知りつつ、願ってしまうのはいけない事だったんだろうか?
だから罰が当ってしまったのか。
鬼も、羅刹も忘れようとしていた私達へ罰が当ったのだろうか・・・。

不知火さんが里を訪れて数週間。
変わらない日常の中、それでも烝さんはなるべく私の傍に居るよう気を付けてくれていた。
いつ何時父様がやって来るか判らなかったから、警戒していたんだと思う。
なのに私自身に自覚が足りなかった。
風間さんの時に充分思い知った筈なのに、不知火さんの言うように平和惚けしたのは私だけだったのかもしれない。
その日の往診で、事の他重体の患者さんが居た為に烝さんは一晩付き添う事にしたようだった。
私も共にと言われたけれど、干したままの布団や薬草が気になったので一人先に帰る事にした。
その事を告げると、烝さんは眉を顰めて反対した。
危険だから、と。
そんな彼に、私は大丈夫と微笑んだのだ。
「明日お帰りになる頃、美味しい朝御飯を作って待っていますね。」
そう言って手を振り別れたのだ。
この時は思いもしなかった。
もしかしたら、二度と逢えなくなるかもしれないなんて、家に帰って引き戸を開ける瞬間まで思いもしなかったのだ。
「おかえり、千鶴。待っていたよ。」
優しい優しい、どこまでも昔のままの姿の、けれど笑顔のどこかに狂気を宿した父様が佇んでいるのを見るまで、思いもしなかったのだ。

二度と、逢えなくなるかもしれないなんて。
思いもしなかったのだ。


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