君だけが唯一の温もり〜円様リクエスト〜

君だけが唯一の温もり
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その夜は珍しく、土方さんや原田さんも共に連れ立って島原に行くと言うので、何故か私まで一緒に行く羽目になった。
その時、前回来た時一緒だった山崎さんの姿がない事を疑問に思いつつも皆さんに酌をして回る。
途中、酒の匂いに酔ったのか少し気分の悪くなった私は外の空気を吸おうと廊下へと出て行った。
そのまま外へ続く階段を降りる途中で、私は意外な人物を見付けてしまった。
切れ長の瞳に薄く笑みを浮かべ、しな垂れかかる美女を抱き絞めながら廊下を歩いて来る・・・。
「山崎さん・・・・?」
驚く私が呆然と山崎さんを見ていると、こちらを向いた彼と目が合った。
声を掛けようと口を開いた私を、後ろから逞しい腕が羽交い絞めにする。
「千鶴?酒の匂いにでも酔ったか?大丈夫か?」
原田さんが心配そうに聞いてくるので、一瞬そちらに目を向けている間に山崎さんの姿は消えていた。
「あ・・・。」
「千鶴、こういうとこではな、知り合いに会ったとしても知らん顔が礼儀だぜ?」
「気付いてたんですか・・・。」
「まぁな、結構な別嬪さん連れてたなぁ?」
「そうでしたね・・・。」
私の思惑を余所に、原田さんは先程の山崎さんの相手について語っていた。
けれど私はそのほとんどを聞き流し、気が付けば屯所へと帰り着いていたようだ。
「いつ帰って来たんだろう・・・。」
自分の行動に首を捻りながら、床に入る前に顔を洗いに井戸へと向かう。
そして逢いたくて、けど逢いたくない人と鉢合わせしてしまった事に、嘗てない程動揺する自分がいた。
「山崎さん・・・。お帰りなさい・・・。」
「ああ。まだ起きていたか。」
「はい、あの・・・。」
「もう遅い。早く寝た方がいい。」
茶屋での事を聞こうと私が口を開くのを遮るように早口にそれだけ言うと、彼は闇に溶けて消えてしまった。
「あの人は・・・誰ですか?」
私だってもう子供じゃない。お茶屋で一緒だったのだから、どういう目的で一緒だったのか、あの後二人で何をしていたのか。
そんな事を聞く程愚かでもない。けど・・・だけど・・・。
彼があの女性に向けていた笑顔。
あれは私でも滅多に見る事のない類の笑顔だった。
「私でも、だなんて・・・。自惚れてる。」
暗い井戸で顔を洗い、でもスッキリしないまま床へ入る。
必死で眠ろうと目を瞑るけれど、意識すればする程山崎さんとあの女性の姿が瞼に映って全く眠れなかった。
結局ほとんど一睡も出来ないまま朝を迎えた私は、朝餉の時間に広間へ足を向けた。
中からは平助君と永倉さんの声が聞こえてくる。
「で、山崎君どうだった?」
「昨夜行ってたんだろ?例の女んとこ。上手くいった?」
会話の内容に、私は一気に心臓が早鐘を打つのを感じる。
聞きたくない。聞いちゃいけない。そう思うのに・・・。
なのに、その場から動けずに聞き耳を立ててしま自分に少し自己嫌悪を感じながら山崎さんの返答を待った。
「万事順調です。まだ決定的ではありませんが・・・。次に会う時には完全に落とせるでしょう。」
「さ〜っすが山崎君!仕事も女も完璧だね!」
「藤堂さん、その言葉は全て上手く事が運んでから頂きます。」
からかいを含んだ平助君の言葉に、冷静な山崎さんの声が答える。
やっぱり・・・そうなんだ。
しかも、なんだかまるで賭けでもしてるみたいに・・・。
あの山崎さんが、と言う信じられない思いと胸の中に広がったどす黒い感情に飲み込まれそうになりながら、私はその場から動く事が出来ないでいた。
「千鶴?どうした?入らねぇのか?」
「きゃぁっ!?」
俯いたまま廊下で立ち尽くしていた私は、背後に原田さんが近付いた事に全く気付けず、その声に飛び上がる程驚いてしまった。
「おわっ!?」
「どうしたっ!?」
思わず叫び声を上げた私に、原田さんだけでなく中にいた面々も顔を出す。
勿論その先頭には彼がいて、その表情に少し焦りのような色が見えたのはきっと私の気のせいだろう。
「ご、ごめんなさい!ぼうっとしてて・・・」
「驚かせんなよ〜。何かと思ったじゃねぇか。」
「左之さん千鶴に何かしたんじゃねぇのぉ?」
「馬鹿言ってんな。俺は何もしてねぇよ。なぁ?千鶴?」
「あ、はい!私が驚いただけなんです、すみません!!」
「いいから早く飯にしようぜ?今朝も突撃隣の朝飯だ!!」
「・・・千鶴?どうした?」
いつもと変わらない朝。いつもと同じ食事の風景の中。
それなのに何故か私の目に、山崎さんはいつもより余所余所しく感じられた。
そのせいで箸の進まない私に、原田さんは心配そうに声を掛けてくれる。
「昨夜見た事、気にしてんのか?」
「・・・!」
私の視線がどこを見ているか察した原田さんは、気遣うように小声で問い掛けてくれる。
そんなに顔に出ていたのかと驚いて見返すと、困ったように笑いながら頭を撫でてくれた。
「お前、顔に出過ぎ。気にすんなって言っても無理だろけど、あいつも大人の男なんだから、その辺は解ってやれよ?」
そうは言ってもやはり気になってしまうのだ。
相手はあんなに綺麗で大人ぽい女性で、比べて男装しても違和感のない子供体系な私。
途端に余計落ち込む自分にほとほと嫌気が指してきた。
食事の後も浮かないまま屯所内の掃除を終わらせ土方さんの元へお茶を持って行く。
それもいつもの日課。
なのに、今日はいつもの日課に不慮の出来事が多すぎる。

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