ワタル

永遠の追憶
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キーンコーン
カーンコーン・・・

放課後チャイムの音が響くと同時に私は教室を飛び出した。
「ニィナ!?今日帰りお茶しない!?」
「ごめ〜ん!用事あるんだ!」
放課後ティータイムに誘ってくれるクラスメイトに笑顔で手を振ると、皆は訳知り顔で見送ってくれる。
ああ、なるほどと、溜息まで聞こえてくるよう。
でも今日は久しぶりのデート。
絶対遅刻なんかしないようにダッシュで公園までの道を駆ける。
「間に合った・・・!?」
何とかギリギリセーフ!?そう思って私が待ち合わせ場所へ視線を向けるのと、階段に爪先が引っ掛かったのはほぼ同時。
「きゃっ・・・!」
こける!ぎゅっと目を瞑って訪れる衝撃に身を竦ませたけれど、地面に激突する代わりにふわりと暖かい腕に包まれる感覚。
「・・・大丈夫か?」
「ワタル!」
「ちょっと目を離すとすぐこれだ。だからお前は放っておけないんだよ。」
「ご、ごめんね。アリガト・・・。」
「別に、いいよ。怪我はないか?ま、俺が抱き止めたんだから、ある訳ないけどな。」
「う、うん。平気。でも、もう離してくれていいよ?」
「せっかくニィナに堂々と触れられる機会を、みすみす俺が逃がすと思うのか?」
「ワタルってば・・・。」
この、少しキザで逞しい腕の持ち主が今日のデートの相手。
私の大好きで大切な彼氏。
「そんな慌てて走って来なくても俺は逃げたりしないぜ?」
「うん・・・そうなんだけど、少しでも早く来たかったから。」
「それだけ俺に早く逢いたかったって事か。お前も大分素直になったな。」
にやりと笑ってワタルは私を抱く腕に力を込める。
私は人目があるにも関わらず離してくれないワタルと、その台詞に真っ赤になって焦ってしまう。
「あっはは。全く、いつになったら慣れるんだ?相変わらず可愛いな、お前は。」
「可愛いって・・・!ワタル・・・!?」
「本当だよ、ニィナは可愛いよ、今も。昔も・・・。」
「・・・ワタル?」
「何でもない。それより、そろそろ行こうぜ。芝居。始まっちまうぜ?」
「あ、うん!真夏の夜の夢だっけ?」
「ああ、もう冬になろうかって季節に、どういう演目なんだろうな?」
「あはは、本当だね。でも・・・何だか・・・。」
「ん?どうした?」
「あ、ううん!何でもないよ!」
早く行こう!とワタルと手を繋ぎ劇場へと急ぐ。
けれど、何だか・・・ワタルとこうしてお芝居を見に行くのは初めての筈なのに、凄く懐かしくて切なくなるのは、何故だろう?
劇場は思っていたより客入りが良くて、二人並んで座る場所を探すのが大変だった。
「どうせチケットくれるなら、指定席にしてくれりゃいいのにな。」
「仕方無いよ、その人も貰ったチケットなんでしょ?」
「ああ、困ってる人を助けた礼に貰ったんだってさ。」
「へぇ・・・?」
まただ・・・ワタルの一言一言が胸に刺さる。一つ一つの仕草にデジャブを感じる。
「ニィナ、舞台見えるか?もし見えないなら俺の膝で抱き締めてやるけど?」
「そんなに小さくないよ!・・・たまに見えない時もあるけど・・・今日は見えるから。」
「そっか。残念。ほら、もっとこっち来いよ。せっかくのデートなんだ。それらしくくっついて観ようぜ?」
ワタルはそんな風に笑うけど、その笑顔にすら私は胸が締め付けられる。
初めて出会った時からそうだった。
どうしてこんなに懐かしいの?
どうしてこんなに愛しいの?
どうしてこんなに・・・寂しいの・・・。
「どうした?ニィナ。」
お芝居を観終わり、二人で手を繋いで歩いているとワタルが私の顔を覗き込んで来る。
きっと、胸に広がるモヤモヤに私の顔も暗くなっていたんだろう。
心配そうに顔を顰めたワタルの目に私の不安そうな顔が映っている。
「疲れた?大丈夫か?少し休むか。」
ワタルは私を気遣って公園のベンチまで腕を引いて座らせてくれる。
そうして自動販売機で暖かいココアを買ってくると、私の手に握らせて自分は私の目の前にしゃがみ込んだ。
「大丈夫か?」
「うん・・・平気。心配掛けて、ごめん。」
「・・・いや。いいけど・・・ニィナ、何か心配事?」
「え・・・どうして?」
「具合が悪いってより、何か悩んでるみたいに見える。俺で聞ける事なら聞いてやりたいけど・・・俺じゃニィナの力になれないか?」
「ううん、そんな事ないよ。それに、悩みって言っても私にもよく判らないんだ。」
「そうなのか?・・・・ニィナは、俺にとって大切な存在だからさ、辛い事とか・・・出来れば隠して欲しくないな。俺が言える事じゃないんだけど・・・。」
「え・・・?それって、ワタルが私に隠し事してるみたいに聞こえるよ?」
「ああ、いや違うよ。今の事じゃない。昔の・・・ずっと前の事さ。」
「・・・ワタル?」
「もうこんな時間だ。今日は月が随分大きく見えるな。」
「・・・うん、凄く綺麗な月だね。」
「けど・・・こんな大きくて綺麗な月は、わざとらし過ぎる。」
月を見上げて振り返ったワタル。
その顔と、その声と、その台詞が私の中で繰り返される。
『今夜の月はわざとらし過ぎる』
『まるでいかにも作り物みたいな・・・』
切ない声。悲しげな瞳。繰り返される・・・悪夢・・・。
「ワタ・・・ル・・・・?」
「ニィナ・・・・いいんだ。ニィナ・・・。」
「ワタル・・・・?」
「無理、しなくていいよ。俺はもう思い出したけど・・・お前はまだ・・・まだ思い出さなくていい。」
「ワタル・・・。」
「今は、この場所は失われる事のない幸せな場所だけど、同じ事の繰り返しじゃない。
もし旅を始めて旅が終わっても、それは新たな物語の始まりだから・・・。その先に待つのは幸せな未来で悪夢じゃない。
だから、まだ思い出さなくていいよ、ニィナ。
お前にそんな顔をさせたい訳じゃないから・・・。だから、もう少し・・・思い出さなくていい。
お前は、今度は永遠に俺のモノだから。それは変わらないから、俺は今度は耐える事が出来る。」
「・・・ワタル・・・何を言ってるか、判らないよ。」
「ん・・・ああ、ごめん。混乱させちゃったな。気分は?どう?」
「あ、うん。もう大丈夫だよ。」
「そっか・・・じゃあ、今日はもう送っていくよ。これ以上一緒にいると、離れたくなくなるからな。」
「・・・私も、離れたくないな・・・。」
「俺を困らせるなよ、ニィナ。これでも随分我慢してるんだぜ?せめてお前が学校を卒業するまでは紳士的でいようって。
なのに、お前がそんな顔でそんな事を言うなら、俺は耐え切れない。」
「・・・ごめん・・・。」
「謝らなくていい、お前がそれだけ俺を求めてくれてるのは嬉しいんだぜ?さ、行こう。本気で帰したくなくなる前に。」
「うん。」
そうして、私はワタルの手と指を絡めて夜道を歩いた。
ワタルの言葉の意味も、さっき感じたデジャブも、何もかも意味が判らなかったけれど、何故か今度は大丈夫と思えた。
今度って思う意味もやっぱり判らないんだけど・・・でも、力強く握られた手が暖かいから、ワタルがそこにいると実感出来たから。
私はもうしばらくワタルの言葉に甘えていようと思った。
全てを・・・思い出すまでは・・・。


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