短編集

君の手に触れながら〜あやさんリク〜
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その頃、千鶴は普段と違い静か過ぎる夜を一人月を見上げて過ごしていた。
いつも一人なら寂しいだろうが、普段は五月蝿い位騒がしい事を思えば、たまにはこんな夜もいいだろう。
熱めの茶に口を付けながら優雅な月見を楽しむ千鶴の耳に、微かな足音が響く。
時刻は既に亥の刻。
誰かが自分の部屋を訪れるには少々遅い時間だったが、千鶴は足音の主を確かめようと襖を開けた。
すると其処には何故か不機嫌そうに眉を寄せた斎藤と、酒瓶を持った山崎。
何故この二人が?
「あの・・・どうされたんですか?お二人して。」
頭に浮かんだ疑問をそのまま口にすると、斎藤は無言で山崎の持った酒瓶と盃を差し出した。
「共に呑もう。」
「はい・・・?」
結構です、と拒否する間も無く部屋に入った斎藤と山崎は二人揃って腰を落ち着け酒を呑み出した。
普段の二人なら決して千鶴の意を確認せずに部屋に入って来たりはしない。
これはもしやかなり酔っているのでは?そう思った千鶴は大人しく二人の間に座り込んだ。
(触らぬ神ならぬ酔っ払いに祟り無し・・・。)
大変失礼なとも思うが、どちらかと言えば深夜に女性の部屋に押し掛けた二人の方が失礼でもあるので、この際それは大目に見よう。
千鶴にとっての災難はそれからが本番でもあったのだから。
「千鶴。次の桜の季節には花見に行きたいそうだな。」
「え?あ、はい。行きたいですね。」
「以前俺にそう言っていただろう?」
何故いきなり花見?首を傾げる千鶴に、無言で盃を差し出した斎藤は波々と酒を注ぎ、すぐに呑めとばかりに千鶴の顔を見つめ続けた。
居た堪れなくなった千鶴が盃を空けると、次は山崎も酒を注ぎながら質問を投げ掛けて来る。
「はい、言いましたけど・・・それが、何か?」
「何故山崎君にだけ言ったんだ?俺でも良かったのではないか?」
「え、だって。ちょうど山崎さんと一緒だった時に思い立ったので・・・。」
「では、もしや俺と二人で、と言う意味ではなかったのか?」
交互に酒を注がれ断ればいいのだろうが、何故か拒絶しづらい空気が二人を包む為その酒盃を煽り続ける。。
当然の事ながら呑む度に呂律も怪しく、視界も定まらなくなっていく千鶴。
「いえ・・・そうではなく・・・。」
「山崎君と二人で行きたいのか?俺は何故駄目なんだ。」
「駄目って・・・わけ・・・じゃ・・・・。」
「斎藤さん。これではっきりしましたね。彼女は俺と花見に行きたいんです。」
「いや、まだそうと決まった訳ではない。千鶴、もう一度聞く。お前は一体・・・。」
「「どっちと花見に行きたいんだ?」」
二人同時に詰め寄られた千鶴は、ガシっと酒瓶を引っ掴むとグイ〜〜っと飲み干し、ドンっと畳みの上に酒瓶を置いた。
それを呆気に取られて見つめる二人に、千鶴は据わり切った目をゆっくりと向けた。
「どっち・・・と・・・・?」


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