巡るシリーズ

巡る季節 明日君と
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朝の静かな空気が気持ちいい。
隣では千景さんが落ち着いた仕草でお茶を啜っている。
「千景さん、おかわりはいかがですか?」
「いや、もう充分だ。」
「そうですか?では、片付けてきますね。」
「あぁ。」
お茶碗など机の上を片付けて行く私を、千景さんはじっと見つめてくる。
「・・・何か私の顔に付いてますか?」
「いや・・・今日は俺は休みになった。」
「え?そうなんですか?」
「あぁ。今日から一週間休みを取った。」
「い、一週間も?それは、大丈夫なんですか?」
「奴らも馬鹿ではない。一週間程度、俺がいなくとも何とでもなる。」
その言葉に、私は嬉しくて思わず笑みが零れる。
この里に来てから、最初の内は別々の部屋で過ごしていたけれど、
三ヶ月前からは一つ布団で寝起きを共にするようになった。
とはいえ、夜以外、私は花嫁修行に千景さんはお仕事にと忙しく、あまり一緒に過ごせなかったから、
一週間もずっと一緒に居られるのは素直に嬉しかった。
「こちらに来てから初めてですね、そんなに長く一緒にいられるのは。」
「そうだな、もしどこか行きたいなら連れて行ってやる。考えておけ。」
「はい!」
そう言われても、咄嗟に何も浮かばない私は洗物を片付けながら考えてみる。
買い物とか?・・・特に欲しいモノも無いし。
観光・・・・するようなとこ無いし。
う〜〜〜。参ったなぁ、何も浮かばない。
顔を顰めつつ部屋に戻ると、そこにいた筈の千景さんの姿は無くて、縁側の柱に身をもたせ掛け
中庭の方を向いて座っていた。
「千景さん。」
「終わったか。」
「はい。」
「行きたい所は決まったか。」
「それが・・・何も浮かびませんで・・・。」
「そうか・・・なら、行きたい所が決まるまで、こうしてゆっくり過ごすか。」
「そうですね、せっかくのお休みですから、ゆっくり休んで下さい。」
「・・・ふ・・」
千景さんはマジマジと私の顔を見詰めた後、苦笑を洩らして私の頭を自分の方へ引き寄せた。
「お前、俺が何の為に一週間も休みを取ったと思ってる。」
「え?え・・と・・・。」
「明日、俺の妻となる誰かの為なんだが?」
「あ・・・。」
そう言えば、少し前にあまり共に居られない事に拗ねていた自分を思い出す。
「あの・・・ありがとうございます。」
「構わん。俺も、お前と同じ時をゆるりと過ごしたかった。それに・・・。」
私が先を促すように首を傾げると、千景さんは口の端を歪めて意地悪く笑う。
「明日、祝言を終えればお前の全ては俺のモノになるんだろう?明日から当分は閨から出すつもりもないからな。」
耳元でそんな事を囁くから、私は首まで真っ赤になってしまう。
確かに、祝言まではと拒み続けてきたけれど・・・。そうだった。
明日になれば、私は名実共に千景さんの妻となるんだ。そう考えると、改めて嬉しいような恥ずかしいような複雑な心境だった。
「何だか、変な気分です。」
「何がだ?」
千景さんからの優しい口付けを受けながら私はぽつぽつと話し出す。
「だって、私は数年前は、ただの蘭方医の娘だったんですよ?
それが江戸から京まで一人で旅して、そこで新選組の皆さんに出会って、千景さん達が現れて鬼とか羅刹とか、色々あって、
気が付けば新選組の皆さんと逸れて、千景さん達と行動するようになって・・・・」
本当に、沢山の事があった。沢山の死を見て、沢山の戦いに身を置いた。
けれど・・・・。
話しながら、自然と涙が溢れ泣き出した私を、千景さんは膝に乗せて優しく抱き締めてくれる。
「辛い事や、苦しい事ばかりだった気がします。でも、思い出すのは原田さんや永倉さん、土方さん、平助君、山南さん・・・。
皆さんの笑顔しか浮かばないんです。」
流れる涙を拭う事をせず、ただ赤子をあやすように背中を撫でてくれる千景さんの手が暖かい。
「気が付けば、楽しい思い出ばかりなんです。辛かった、筈なのに・・・。」
「そうだな、お前はよく耐えていた。最後まで、新選組の行方を見届けた。お前にしか出来なかった、お前だから出来た事だ。」
千景さんの低い声が、頑張ったなと、普段なら絶対言わないような台詞を紡ぐ。その声に益々私の涙は止まらない。
「辛かった、苦しかったと言ったな。では、今はどうだ?今も辛いか?苦しいか。」
静かに問う千景さんに、私はゆっくりと被りを振る。
「いいえ、今は全然辛くないです。苦しくないです。
もしも苦しいとすれば、それは幸せ過ぎるから・・・。
貴方に、千景さんに求められて、貴方を求める自分が居て
愛しい人が、手を伸ばせばすぐ傍にいてくれる。
こんなに幸せで、バチが当たりそう。」
「誰が罰を当てると?」
「判らないですけど・・・神様とか?」
「ふ・・・そんな神など信じなくていい。お前が信じるモノは己自身と俺だけでいい。
もしも罰が下るとすれば、俺とお前、共に受けよう。
この先何があっても、この手を離す事なく全てを共に。」
「ふふ、そうですね、二人一緒なら、何があっても怖くない気がします。」
「当然だ、俺と共に生きるんだからな。」
千景さんの、尊大な程の自信が私の中の不安を消し去って行く。
夏も間近の風が、そんな私達の周りをふわふわと吹いて穏やかな時を与えてくれる。
「そうですね・・・私は、ずっと千景さんの隣に居ていいんですもんね。」
「あぁ、嫌だと言っても離さん。」
「そんな事言う訳ないですよ。千景さんは私にとっての全てですから。」
「そうだな。お前も、俺にとっての全てだ。」
縁側に座って、お互いの額をくっつけながら啄ばむように口付けを交わす。
本当に幸せな刹那。
けれど、この瞬間が、明日からは永遠な時間になる。怯えるモノ等何もない。
愛した人に愛されて、その隣で共に歩んで行ける。
私はきっと世界中で一番幸せな花嫁になるだろう。
「あ、千景さん。」
「何だ?」
「今日、したい事決まりました。」
「そうか。で、何だ。」
「千景さんと、一緒に居たいです。」
「・・・・奇遇だな、ちょうど俺も、お前と共に居たいと思っていた。」
「気が合いますね。」
「そうだな。」
二人寄り添って、微笑み合いながら空を眺めて過ごす。そんな結婚前夜。
暮れていく太陽すら、私達を祝福してくれているようで、少し、擽ったい夏の一日が過ぎていく。
私、幸せになりますね?
今は天国と遠い空に居る大切な人達へ向けて、私は心の中で、そう呟いた。


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