1/1ページ目 梅雨もそろそろ終わる頃かと思うのに、連日降る雨は一向にその気配を見せない。 私は土方さんのお使いで町まで出掛けていた。 その帰り道、本当に偶然だったのだと思う。 川辺に立つその人を見つけてしまったのは。 そのまま見ない振りで通り過ぎようかと思った。 下手に話しかけてもロクな事にならないのは判っていたから。 判っているのに、何故か傘も差さずに雨に濡れるその背中を放っておけなかった。 後ろから特に気配も消さずに近付いたにも関わらず、その人は微動だにしなかった。 気付いていないのかと思いつつ、かなり上の位置にある頭に傘を差し向けると、ぴくりと肩が揺れた。 「何のつもりだ。」 「あの、濡れます。」 「もう濡れている。」 「でも、風邪を引きます。」 「我ら鬼を、脆弱な人間などと一緒にするな。」 「でも、見ていて寒そうなんです。」 やっと、彼はゆるりと私へ視線を寄越した。 いつもは傲岸に歪められた口元も、皮肉げな笑みを浮かべた瞳にも、何の感情も見られない、無関心な視線。 この人は、自分の花嫁にと私を攫おうとしていたんじゃなかったか? そんな事を考えつつ、彼が動かないので私も動かない。 じっと見下ろされていると何だか居た堪れなくて、何か話そうかとも思ったけどいい言葉も話題も見つからない。 仕方が無いのでただ彼の顔を見ていた。 そうして、気付く。 切れ長の瞳がとても綺麗な事。 整った鼻梁と薄い唇が、程よい位置に配されて、かなり綺麗な造作をしている事に。 じっと見ている内に、髪から滴る雫が気になった。 ぱたりぱたりと、髪の先から頬や顎に綺麗な顔を濡らしている。 私は何だかそれが勿体無くて、持っていた手拭でそっと雨を拭った。 驚かれたように見開かれた目が、やっぱり綺麗な琥珀色なんだと思うと益々見惚れる羽目になった。 「何がしたいんだ、お前は。」 「・・・さぁ?」 本当に何がしたいか判らなくて、首を傾げると、何がおかしいのかくっくっと笑い出した。 「何で笑うんですか。」 「さてな・・・。俺はもう行く。次は無いぞ。」 何がだろう?そうは思いつつ、このまま行かせてはまた濡れてしまうので傘を差し出した。 「お前が濡れるぞ?」 「私は、丈夫ですから平気です。濡れたら手拭で拭きますから。」 とは言うものの、当の手拭はびしょ濡れだったけど。 彼は無言で傘を押し戻し、びしょ濡れになった手拭を私の手から取り上げた。 「薄紅か。男が持つには些か明るい色合いだ。」 ぽつりと呟くと、懐から深い藍鼠色の手拭を取り出して私の手へと置いた。 「濡れたら、手拭で拭くから構わん。」 そうして、彼はびしょ濡れになった私の手拭だけを持って、雨の中消えて行った。 綺麗な頬を濡らす髪もそのままに。 私の手に残ったのは、彼の温もりが微かに残った藍鼠色の手拭一つ。 「次に会う時、洗って返そう。」 次に会う時が、どんな再会になるかも判らないのに、そんな風に思った私はやっぱり少しヌケていて呑気なのかもしれない。 ***** 千鶴ちゃんは少しお惚けな方がいい [指定ページを開く] <<重要なお知らせ>>@peps!・Chip!!をご利用頂き、ありがとうございます。
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