短編集

マジで嵐の5秒前〜天霧君〜
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天霧九寿は疲れていた。
京の旧き鬼の末裔である千姫に仕えながら、西の純血である風間の右腕としても働く天霧の仕事量は半端ではない。
特に主君である風間が可愛い新妻を迎えてからと言うモノ、その内容は殺人的に増えていた。
新妻と離れたくない風間が全てを天霧に押し付けるからだ。
勿論その事に異存はない
可愛らしい笑顔に「お疲れ様」と迎えられるだけで、全ての疲れは飛んで行ってしまうから。
しかし今日に限ってそれは叶わなかった。
意外に交渉に手間取り帰宅が深夜に及んでしまったのだ。
「今日は会えなかったな・・・。」
少ししょんぼり肩を落としながら風呂場で服を脱ぐと、大きな溜息を吐きながら引き戸を開けた。
そしてそこに、この時間であればいる筈のない存在を見つける。
「あ、天霧・・・さん?」
戸惑うような可愛い声。
その声をどこか遠くで聞きながら、天霧の思考力は全開する。
これは一体どうした事だ。
会いたい会いたいと願うあまり見ている幻覚か。
それともこれは千鶴様に会いたいと願った私の夢なのか?
いや、そのどちらでもある筈がない。
何故なら私は確実に起きている筈だからだ。
と、言う事は・・・。
「も・・・。」
「も・・・?」
「申し訳ございませんっっっ!!!!風間様の奥方の入浴中に知らずとは言え入ってしまうなど家臣として有るまじき行い!
覚なる上は我が身を思う存分切り捨てて・・・!いいえ、それすらお手を煩わしてしまいます!!
そうです!私は今この時を持って腹を切ってお詫び致します!
我が命でこの無礼を不問に伏して頂ける等とは思いませんがしかしそれ以上にこのまま御身にお仕えし続けるなど叶う筈もなく!!」
朗々と訴え続ける天霧の声量に、何事かと起き出してきた風間と匡、そして千姫と君菊。
「千鶴ちゃん?どうしたの?」
「あの・・・お風呂を頂くのがいつもより少し遅くなってしまって・・・。天霧さんも気付かずに・・・。」
「それで、お前の裸を見ちまったと猛反省な訳か。」
「ふ・・・当然だな。我妻の肌を見るなど・・・万死に値する。」
「しかし風間様?彼がいなくなれば今度の執務に問題があるのでは?
千鶴様との睦まじい時間が多く取れているのも、天霧さんの働きがあればこそです。」
「・・・不知火。」
「んぁ?」
「とりあえず、あの馬鹿を止めて連れて来い。」
「へいへぇい。」
今にも首を掻き切ろうとする馬鹿の背後に回った匡は、無言で脳天から拳を思い切り振り下ろした。
ゴンッと言う重すぎる響きと共に、ばたりと倒れた天霧を引き摺っていく匡が、にやりと笑いながら振り返る。
「もうちっと見てたい光景だけどな、俺も命は惜しいんで、風呂上がったら来いよ?」
湯に浸かっていたとは言え素肌の胸から上は見えていたらしい。
真っ赤になった千鶴の代わりに千姫の拳が匡に決まる音を聞きながら、千鶴は慌てて衣服を整えた。
広間に戻ると頭を中庭の地面に擦りつけんばかりに土下座する天霧を、厭きれたような風間が見下ろしていた。
「千景さん、あの、あまり天霧さんを責めないで下さい。」
「責めてなど居ない。お前の存在に気付かない程酷使した俺にも責はある・・・と言うのにこの馬鹿は・・・。」
「自分で自分が許せない〜つって腹切るって聞かねぇんだよ。どうにかしてくれ千鶴。」
「天霧さん・・・。」
「本当に申し訳ありませんでした千鶴様!この罪、我が命で贖えるとは思いませんが、しかしそれ以上のモノは何も持たぬ身ゆえ・・・。」
「っていう事は、天霧さんは私の裸を見たんですか?」
「滅相もございません!!腐っても千姫と風間様にお仕えしてきたこの私。主君の奥方の肌を見る等と!!」
「じゃあ、どうして切腹する必要があるんですか?」
「それは・・・千鶴様が入浴中に間違って侵入してしまったので・・・。」
「でも、見てないんですよね?」
「勿論です!!」
「だったら切腹する必要はないですよね?ね?千景さん。」
「そうだな。もし肌に触れていたと言うなら容赦せんが、気付いた時点で即土下座したようだしな。今回ばかりは許してやる。
だから鬱陶しい土下座を止めろ。いい加減眠いぞ、俺は。」
「ああ、俺も眠い。千鶴も眠いんじゃね?」
「そうですね、少し眠いです。でも、天霧さんをこのままにしては眠れません。」
「天霧さん、貴方が強情に切腹を言い続ける限り千鶴様はお休みになれませんよ?」
「そ・・・それは・・・。」
「それにもし貴方が死んじゃったら千鶴ちゃんは泣くでしょうね。」
「泣くな。」
「大号泣ですね。」
「貴様、俺の妻を泣かせる気か。」
「しかし・・・。」
「天霧さん!」
なかなか煮え切らない天霧に、業を煮やした千鶴が鼻を摘んで頬を膨らませる。
「私も千景さんも怒ってません!だから、もし申し訳ないと思うなら明日からもずっと私達の為に頑張って下さい!その方が私はとても嬉しいですよ?」
「千鶴様・・・。」
「ね?」
「あ、ありがとうございます!不肖この天霧、明日からはこれまで以上に誠心誠意お仕えさせて頂きます事をお誓い致します!!」
「うん、ありがとうございます。これからもよろしくお願いしますね?」
「はい!!」
感涙に咽ぶ天霧を横目に、これやっと眠れると一同が胸を撫で下ろしたのは既に東の空が白み始めた頃だった。



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