短編集

マジで嵐の5秒前〜匡ちゃん〜
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不知火匡は疲れていた。
超絶我が侭で俺様な頭領は、自分が可愛い妻と過ごす時間を全て匡と天霧に押し付ける形で作っていたからだ。
今日も俺様頭領の名代で使者と謁見を行い重要な案件を纏め上げた。
見た目は軽そうに見えても実は頭の回転が速く機転も利く匡を、風間がかなり重宝している事は本人だけが知らない。
「つ・・・疲れた。精神的にどっと来る・・・。とっとと風呂入って一杯引っ掛けて寝てぇ〜〜。」
限界まで回した思考力のせいで既に考える事を全拒否している。
いつも風間家で風呂を使う時は極限まで気を遣う匡なのだが、今日に限ってはそんな気も回らず服を脱いで髪を解き風呂場に飛び込んだ。
そしてそこで世にも珍しいモノを目撃する。
「・・・千鶴?お前、何やってんの?」
「・・・何って・・・お風呂を頂いてるんですが・・・。」
「ああ、そう・・・。」
「・・・・。」
「・・・てっ!!え”!?何で!?何でこんな時間に風呂なんか入ってんだ!?いっつももっと早くに入るだろ!あの莫迦と一緒にっ!」
「(莫迦って・・・)いえ、一度頂いたんですけど・・・その・・・ね!」
(ああ、夜の営みで汗掻いたのね。ってか、ねって可愛く微笑まれても!!)
それが現状打破する要因とはならない。
ならない処か早く何とかせねばあの莫迦が来るんではっ!?
だらだら冷や汗を流し真っ青になりつつもぎりぎり残った思考力を再び駆使する匡の前で、僅かに頬を染めた千鶴が困ったように小首を傾げる。
「あの・・・匡さん?私、そろそろ上がりたいんですけど・・・。」
「・・・お!?あ・・・あ〜そうか、そうだな。のぼせちまうもんな。うん・・・。」
「え〜と・・・・。」
「んぁ?って事はあれか?あの莫迦は一緒に入んねぇのか?」
「あ、はい。今日はもういいとおっしゃってました。」
「ふ〜ん・・・。そっか・・・。」
何だか判らないが考え込み出した匡に、尚も千鶴が声を掛けようとした時、ポンッと手を打つ小気味いい音が風呂場に響く。
「じゃ、大丈夫だな!千鶴、せっかくだから俺の背中流してくれよ。今まで一度もねぇじゃん。」
「え、えぇ〜〜!?背中って、きょ、匡さんのっ!?」
「他に誰がいんだよ。そ、俺の。いいだろ?滅多にねぇし、あいつが来ねぇなら平気だろ?」
「で、でででも・・・。」
「何だよ、嫌なのかぁ?優しいお兄様が鬼より人使い荒い旦那に扱き使われて疲れてるってのにツレねぇなぁ。」
かなりオロオロしながら戸惑う千鶴だったが、しょんぼり肩を落とす匡の言い分も最もな気がした。
自分が旦那様との時間を今のように過ごせるのは、単に匡が東方西走してくれるからでもある。
その匡に、たまには背中を流す位はしても罰は当らないだろうと結論に達した。
「じゃ、じゃあ・・・そっち向いてて下さい。先に着物着て来ますから。」
「何でだよ、いいじゃん、そのままでも。濡れちまうぜ?」
「いや、でもそれはさすがに駄目ですよ!私も恥かしいし!!」
「俺見ないぜ?ずっと後ろ向いてるし。」
「そう言う問題でなく!!」
「んじゃ、どう言う問題?あいつ来ねぇんだろ?だったらそれこそ鬼の居ぬ間になんとやらだ。お、俺上手い事言うなぁ。」
「ですから・・・・あ・・・。」
「何だ?どしたぁ?」
「あの・・・・きょ、匡さん?」
「んぁ〜?」
何故か若干怯えたような千鶴の声に何気なく振り返った。
何も考えずに千鶴に背中を流して貰える〜と浮かれた匡の目に映ったのは、何とも言えず至極の微笑を顔面に貼り付けた風間千景だった。
これがもしも怒気を孕んだ眼光に射抜かれたなら、理解出来る。
無表情に太刀を抜かれるのも、問題無い。
だが、今目の前に立つ風間が浮かべるのは仏より慈悲深く暖かみのある微笑み。
(ある意味ちょ〜〜〜こえぇぇぇ!!!!)
「不知火・・・何が、鬼の居ぬ間に・・・なのだ?」
「あ〜〜いや・・・その・・・な!」
「ふ・・・そうか・・・そうだな。貴様には、いつも俺の名代として苦労を掛ける。それを労う為にたまに背を流す位はしてやってもいいな。」
「は・・・?」
まじで!?
驚く匡と千鶴を横目に風間はにやりと口角を上げて笑う。
今度の笑みは、先ほどの仏の微笑と対になるような邪気も悪気もだだ漏れな黒い笑顔に匡の顔色が消えていく。
「ちょ・・ちょっと待て、風間。俺やっぱ・・・・。」
「何、遠慮する事はない。俺手ずから背中を流してやろうと言うのだ。光栄に思え。」
「イエ・・・・ゴエンリョイタシマス・・・・。」
「遠慮するな、と言っている。」
キランと風間の目が光ったのはきっと二人の見間違いではない筈だ。
「ちょ、ちょっと待て風間!いや、マジでっ待って!悪かったから!二度と言わねぇから!ごめんて!おい!ちょっと・・・!!
ちょ・・・・!!!」
た〜すけ〜て〜〜〜〜!!
匡の断末魔が風呂場に響く中、こそこそ着物を着た千鶴はとばっちりが来る前に部屋へと戻った。
(ごめんね!匡さん!!)
願わくば、明日そこらの川に匡の土佐衛門が浮かない事を祈るばかりの千鶴であった。



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