短編集

こんな僕に出来る事
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事の起こりは数日前。
近藤と共に江戸に行っていた平助の一言から始まった。
「武士なら乗馬の一つや二つ出来ねぇとな!」
乗馬に一つも二つもないだろう。
そしてまさか平助が馬に乗れるとは思わなかった千鶴の思わぬ称賛に。そう言って自慢気に胸を張りたかった平助の心境も仕方ないだろう。
だがその不容易な発言が、こんな事態を招くとは予想にもしなかっただろうが。
例え隊士でもなくても男装している以上乗馬位出来なくて、と思ったのも仕方ない。
ただ誰もが無理だ危険だと反対し当然副長も同意だろうし反対するに決まっている、所詮許可は貰えないと高を括ったのも間違いだった。
どこまでも隊士に厳しくどこまでも千鶴に甘い鬼の副長は、数度の懇願に負けて新選組所有の馬と練習場を新八と共に千鶴に託したのだ。
ここで新八に白羽の矢が立ったのはこれまた千鶴たっての希望で、ご指名を受けた時は嬉しさよりも明日の我が身を危ぶんで青くなった。
何しろ秘かに千鶴を狙う幹部は多い。
副長や局長も随分可愛がっているしあの無口無愛想の斎藤、天の邪鬼な総司、女には不自由していない左之助や、色恋にはとんと疎そうな平助でさえそうだ。
では自分はと考えた処で、再び千鶴の体が大きく傾いだ。
「千鶴ちゃん、まだやんのか?」
転げ落ちそうになる度新八の腕に支えられ悔しそうに唇を噛む千鶴を、仕方ないなと笑って頭を撫でてやる。
擽ったそうに身を捩りながら、沈み掛けた顔が浮上した事に新八はほっと息を吐き出した。
気持ちは解らなくもないのだ。
今はまだいいが、もしもこの先戦闘などで馬で駆ける必要があった場合、騎乗出来ないこの少女は誰かと相乗りする事になるだろう。
当然その馬の機動力は格段に下がり、結果足手纏いとなる。
役に立てない事足手纏いな事、迷惑を掛けてばかりな事。
それ等全てに心を痛めて彼女なりに何とかしたいと努力している事も知っている。
一部ではその努力の種が実っている事も。
知らぬは本人ばかりなのだが、いくら周りが言って聞かせても納得する筈もないのだ。
どこまでも自分を律してしまう少女は。
「千鶴ちゃんがやる気なのはよーく解った!けどよ、そろそろ休憩しねぇか?」
「でも・・・!」
「あのな、上手く乗れねぇと馬も疲れちまうんだ。だからな?」
下げた眉尻で困ったように笑う新八に、千鶴もはっとしたように馬の鬣を撫でて渋々頷いた。
そこから少し馬を歩かせ川の潺を聞きながら休憩を取る事にしたのはいいが、やはり千鶴は落ち込んでいるのか元気がない。
昨日今日で乗りこなせる訳がないと解っていても、全く上手くなる兆しも見えない自分の運動音痴に嫌気が差しているのかもしれない。
気にする事はないのに、と思う。
どうせと言っては怒るかもしれないが、幹部の誰も有事に千鶴一人を馬で走らせたりしないに決まってる。
自分を筆頭に皆が相乗りしたがるのは目に見えているのだから、無理をして練習などしなくてもいいのだ。
そんな事を教えて納得するようなら苦労はしないとやりたいようにさせているが、このまま続けて怪我をするのが目に見えていて付き合う新八も気が気じゃない。
「頑張るな、千鶴ちゃんは」
「だって、ただでさえ役立たずなのに、もしもの時にこれ以上足手纏いになりたくないんです」
「誰も足手纏いだなんて思ってねぇぞ?思ってたらとっくに放り出してるぜ、鬼の副長が」
「でも何のお役にも立ててないのは事実です」
やっぱり解ってないなと苦笑が漏れる。
この小さな少女が役立たずだと言うならデカイ図体して戦うしか能のない自分こそ役立たずだろう。
壬生狼と呼ばれる組織に在って戦う能力がない事は、以前であれば確かに役立たずと誹られても仕方なかったかもしれない。
けれど今は違うのだ。
特にこの少女がやって来てからは。
殺伐とした屯所にささやかな笑顔や癒しを与えてくれる存在に、戦いに明け暮れる自分達がどれ程救われているか解っていない。
新八自身、遣る瀬無い気持ちを持て余し苛立って無用な喧嘩をした事だってある。
下らない口論など日常茶飯事で、いつも副長の怒声が響いていた。
それが彼女の柔らかな笑み一つ、たった一言の労いの言葉一つで空に溶けるように消えていくのだから不思議だ。
小さな折れそうな細い肩をどれだけ自分達が拠り所にしているか、本人だけが気付いていない。
そこがいい処ではあるけれど、少しばかりこっちの気持ちも知って欲しいと歯痒くなる時もある。
「あのな、千鶴ちゃん」
「はい?」
竹筒の冷えた水を飲んで喉を潤した千鶴が答えながら首を傾げる。
子供らしい仕草に自然と口元も綻んで、思わず目の前の頭を一撫でした。
少女の小さな頭に新八の掌は大き過ぎたようで、首毎かっくんと後ろに引っ繰り返りそうになって慌てて腕を引いた。
「大丈夫だから」
「何がですか?」
「役立たずなんかじゃねぇから。千鶴ちゃんは十分役に立ってるからそんな焦らなくていいぜ」
「何も出来てないですよ?お洗濯やお掃除位しか」
「ん、それもあるけどな、それだけじゃねぇんだ。多分言っても解んねぇだろうけど、俺は今千鶴ちゃんが居なくなっちまったらきっと上手く笑えなくなる」
「私が、居なくなったら、ですか?」
「ああ、きっとな。だからな、千鶴ちゃんは千鶴ちゃんのままでいいんだ。無理に変わろうとか役に立とうとか焦らなくていい。
焦って練習して怪我しちまったらそれこそ足手纏いだろ?」
「それは・・・」
「大丈夫だ!もし馬に乗る必要がある時は、俺が千鶴ちゃんを乗せて走るから」
副長の土方や、左之助のように上手く言葉に出来ないけれど、それでも千鶴が大事なんだとそれだけ伝えたくて真っ直ぐ目を見て言葉を続けた。
不安そうに揺れた瞳が最後の一言に大きく見開かれて瞬く。
「俺が絶対千鶴ちゃんを連れてってやる、どんな事があっても守ってやる。だから焦らなくていい。俺の言ってる事、解るか?」
「はい・・・解ります」
「ん!ゆっくりな、頑張ろうぜ?俺も一緒に頑張るからよ」
「はい!ありがとうございます、永倉さん!」
口元に手を当てて少し考える素振りを見せた千鶴は、一拍後に大きく頷いて笑った。
その笑顔に数え切れない程癒されているなと思いつつ新八は千鶴へと手を伸ばした。
「じゃ、練習続けるか?乗れるようにはなりてぇんだろ?」
「いいんですか!?」
伸ばされた手に弾かれたように新八を見上げる千鶴は嬉しそうだ。
「勿論!向上心を持つのは悪ぃ事じゃねぇしな!焦らず無理せずならいいと思うぜ?」
左之助辺りが聞けば腹を抱えて爆笑するだろう。
いつも無鉄砲ばかりなお前がそれを言うのかと。
自分の事なら多少の無理もするが、この少女に関する事なら別だ。
少し力を入れるだけで折れそうな腰を支えながらそう思う。
戦いしか能がない。
剣にしか頼るモノはない。
けれど、殺すばかりだった自分にも守れるモノがあるのなら守りたいと思う。
「永倉さんにも、ご迷惑ばかりですよねぇ」
「そんな事ねぇさ。こうして一緒に練習出来んのは役得ってヤツだろ?帰ったら平助や総司のやっかみが五月蠅ぇんだろうけどな」
「?どうしてあの二人がやっかむんですか?」
きょとんと振り返った千鶴に何でもねぇよと返して一緒に握った手綱を強く握り直す。
「千鶴ちゃんの事は、俺が絶対守るからな」
「じゃあ、私は永倉さんに守って貰えるように頑張ります!」
「おうよ!」
どこか的外れな宣言を高らかに告げた千鶴に、頑張るのは俺の方だと小さく呟いた。






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