短編集

456789HIT:千愛様リク
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【なかきよのとおのねふり】





遠くで祭り囃子が聞こえる。
何処かで祭りがあるのだろうか。
千鶴は窓から外を覗こうとして、すっと瞼を伏せて上げかけた手を止めた。
「見に行ける訳ないもの」
寂しそうな呟きは誰に聞かせる為でもなく、静寂に包まれた部屋に溶ける。
父を捜しに京に上った筈が、どんな悪運が働いたのか気が付けば新選組の虜囚となって一週間。
ほぼ軟禁状態の自分が祭りになど行ける訳が無い。
賑やかなそれを思い描くだけで寂しさと心細さに胸が痛む。
キュっと握った袂を見下ろしたまま、気付けば祭り囃子は止んでいた。
「お祭り、終わっちゃったかな」
「行きたかったのか?」
「ひゃ!?」
独り言のつもりが何故か問いが返ってきて、驚きに変な声が出た。
「驚かせちまったか、悪ぃ悪ぃ」
悪いと言いながらその声音に悪びれた様子は全くなく、どこか楽しそうに笑ってさえいる。
一週間前自分をグルリと囲んだ幹部達を一人一人脳裏に描き、その内の一人の声と「眠れねぇのか?」と聞いてくる声が重なった。
「そういう訳でも、ないんですけど」
日がな一日窓から外を眺めるしかする事が無いだけでなく、誰も信用出来ない現状でゆっくり眠れる訳もない。
それを解っているのか居ないのか、そうかとだけ返してきた男、幹部の一人である永倉新八は小さく呟く。
「・・・まだ、起きてるか?」
「え?はい、まだ眠れそうもないので」
「んじゃ、ちっと待ってろ」
永倉が立ち上がる気配と、トストスと離れていく足音。
どうしたのだろうと耳を澄ませ、再び窓から覗く空を見上げる。
半円を描く月が煌煌と輝いて、まるで眠るなと責めているような錯覚さえ沸き上がる。
(何やってるんだろう・・・父様を捜す事も出来ないで)
捜しに行くどころかこの小さな部屋から出る事すら許されていない千鶴にとって、狭い空間に蔓延する静寂は逆に耳に痛い。
ふっと小さく嘆息し俯きかけると再び軽い足音が聞こえる。
永倉が戻ってきたのだろうかと廊下に目を向けると、何の前触れもなくそれが大きく開かれて目を瞬く。
「なんだなんだ?辛気臭ぇ面してんな?女の子がそんな顔するもんじゃねぇぞ?」
一体誰のせいなんだと言葉にはせず口を尖らす千鶴の頭を、困ったように撫でながら眉尻を下げる。
「なんてな、俺等のせいだな。ごめんな、こんなとこに閉じ込めちまってよ」
「いえ・・・」
本当なら今頃殺されていてもおかしくない状況だったのだ。
命があるだけマシだろう。
だからと言って享受出来るモノでもないけれど。
そんな千鶴を尻目に永倉は腕に抱えた箱から色鮮やかな千代紙を楽しそうに取り出して広げていく。
赤、青、黄色と鮮やかな色達は塞ぎがちの気分をすこし持ち上げてくれた。
「綺麗・・・」
「だろ?んでもってだな、これをこうして・・・」
剣を操る無骨な指で、器用に千代紙を折っては返し返しては折り。
出来上がったそれを目の位置まで掲げて自慢気に笑った。
「どうだ!上手いもんだろ?」
ぱっと見て一瞬何が出来上がったのか解らなかった千鶴は、くるくると掌の上で回るそれにああと手を叩く。
「蛙ですか?凄い、初めて見ました」
「蛙を?」
「違いますよ!折形で作った蛙です!」
「あ、びっくりした。江戸に蛙って居なかったかとか思っちまったじゃねぇか」
「そんな訳ないじゃないですか」
くすくすと口元に手を当てて笑いを零す千鶴を、永倉はほっとしたように目元を緩めて見つめる。
「永倉さん?」
「ああ、いや・・・うん、やっぱ女の子は、笑ってる方がいいぜ。無理な話かもしれねぇけどな」
罰が悪そうに俯いて首を掻く姿は叱られた子供のようで、そこで漸く自分を元気付けようとしてくれたのだと理解した。
緑色の千代紙で折られた蛙が大きな掌の上で千鶴を見上げる。
そんな訳はないのに作られた蛙さえ元気を出せと言っているようだ。
「そう、ですよね」
「ん?」

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