短編集

マジで嵐の5秒前〜新八君〜
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屯所で酒盛りが繰り広げられた深夜。
酔い潰れ広間に放置された新八は寒さに目を覚ました
「うぉっ!さみぃ!何で誰も起こしてくれねぇんだ!」
風呂風呂とボヤきながら風呂場へ直行する新八。
あまりの寒さにかじかむ手で素早く着物を脱ぎ、温もりを求めて引き戸を開けた。
何も考えず湯船に飛び込もうと身構えた新八の目に、有り得ない光景が目に入る。
引き戸を開け放った状態で固まる事数秒。
静かに引き戸を閉めた新八は深呼吸をして再び戸を開け中を見る。
・・・やはり、新八的に有り得ない物体がそこにいる。
またしても固まりつつそれを凝視する事数十秒。
何度瞬きしても消えないそれに、一歩下がりまた戸を閉めた。
引き戸の前で首を捻り顔を顰め、今見た光景を反芻する新八。
「何でだ?俺そんな酔ってねぇよな?いや寧ろばっちり覚めてるしよ、目の錯覚か?」
いやいやしかしな〜?と自問自答を繰り返し、凝りもせずにまた引き戸に手を掛け中を覗き見る。
「・・・・・・。」
「あ・・・あの・・・永倉さん・・・?」
「・・・!!!!!やっぱり!本物かっ!?いや、幻覚だろっ!千鶴がこんな時間にこんなとこにいる訳がねぇ!」
「え、いえ・・・私はいつもこの時間にお風呂を頂いてますけど・・・。」
「嘘だ!幻だ!有り得ねぇ!!やっぱ俺酔ってんのか!?」
「え・・・と・・・永倉さん入られるんですよね?私すぐ上がりますから・・・。」
「上がる!?そこから出るって事か!何言ってやがんだ!駄目だ駄目だ駄目だ!!絶っ対駄目だ!!!」
ダカダカと高速で後退した新八は、自分が裸な事も忘れて風呂場の引き戸をスッパーンと勢いよく閉めると突っかえ棒を掛け、更に出口の外を自ら押え込んだ。
「え?あの、ちょっと永倉さん!?何で開かないんですか?開けて下さい!永倉さん!?」
ドンドン戸を叩く千鶴の声が聞こえているのかいないのか、必死に戸を押える新八は滅多に無い程脳みそを稼動させていた。
(どうするどうするどうするよ!?今あいつら来たらまずいんじゃねぇの!?千鶴のはだ・・・裸をっ・・・!!!)
新八の心配を余所に大きな物音を聞きつけた幹部達がぞろぞろと集まり、裸で風呂場の戸口を押え込む新八の姿に一様に目を剥いた。
「な・・・何やってんの?新八っつぁん・・・。」
「新手の嫌がらせ?」
「ってか風邪引くぞ、新八。」
「中から聞こえるのは何の音だ?」
当然その間にも千鶴は必死で戸を開けてもらおうと声を上げ続けている為、気付いた斎藤が中に入ろうとした。
のだが・・・・。
「駄目だ!斎藤!中には千鶴が入ってんだ!いくらお前でも中には入れねぇ!!」
「だが・・・。」
「駄目だ!!!」
頑なに拒否する新八だが、必死な耳にはどうやら聞こえてないらしい。
「永倉さ〜ん、お願いします〜開けて下さい〜〜でないと着物が着れません〜って言うか上せちゃいます〜〜。」
ずっと訴えてはいるのだろうが、必死過ぎな新八は全く聞いていない為意味の無い呼び掛けとなってしまっている。
状況を理解した幹部達は中から聞こえる千鶴の悲痛な呼び掛けと、顔面テンパリぐるぐる目を回しそうな新八の様子に『千鶴の入浴が覗けた事』を羨ましいとは全く思えなかった。
「何やってんだ、てめぇら。」
皆が為す術もなく見守る中、救世主の如く現れたのは副長土方歳三。
「げっ土方さん!」
「てめぇ、新八ぃ。人の顔見て『げっ』ってなどういうこった、あぁ?」
「あ、いや!てか、何でこんな時間に土方さんが!?」
「阿呆!夜中にバタバタ聞こえりゃ誰だって気になるだろうが!何を騒いでやがんだ?」
「永倉さ〜ん〜〜早く開けて下さ〜い〜頭がくらくらして来ます〜〜」
新八を睨み付ける土方の耳に届いた千鶴の情けない声。
その声を聞いた瞬間全てを理解した土方は盛大な溜息を吐いて風呂場の戸を開けた。
「ああ!!駄目だって!!」
「阿呆かっ!入り口だけ開けて突っかえ棒取ってやりゃいいだけだろうが!おい、千鶴!とりあえず出て来い。話はそれからだ!」
「ふぁ〜〜い。」
土方のおかげでやっと風呂場から脱出出来た千鶴は、真っ赤な顔をして肩で息を繰り返した。
「あ・・・ありがとうございます、土方さん。危うくあの世を垣間見るかと思いました。」
「花畑一歩手前くれぇか?まぁ無事で良かったが・・・おい、しん・・「永倉さん!!」
土方が新八を引っ掴んで説教をする寸前、横から千鶴が掻っ攫って怒鳴りつける。
「一体何してくれるんですかっ!!上せ過ぎて死ぬ事だってあるんですよ!!」
「いやだってよ!まさかお前が風呂入ってるなんて思わなかったんだって!それで他の奴等に見せちゃ駄目だって思って・・・」
「だからって浴室の戸まで閉める事ないじゃないですか!
入り口だけでいいでしょう!?それにっ!どうしてこんな時間にお風呂に入るんですか!?」
「あ、いや・・・それはぁ・・・そのぉ・・・。」
「・・・まさか、宴会の後あのまま寝てたんじゃないですよね?私風邪引いちゃうからって何度も起こしましたよね?
それなのにまた寝ちゃった訳じゃないですよね?」
「そのまさかだぜ、千鶴。新八っつぁん起きねぇんだもん。悪いなとは思ったけど放っちまった!」
「平助!おまっ!余計な事言うな!」
「・・・・永倉さんっ!!」
「はいぃぃっっ!!」
大の男が裸同然の姿で廊下に正座して年下の少女に説教される図。
なかなかに滑稽な図で見物ではあったが、時間が時間だけに土方の制止の声が掛かる。
「まぁ、色々言いてぇ文句はあるだろうが、とりあえず場所移しちゃどうだ?新八も着物着て来い。本気で風邪引くぞ。」
「おお、そうだな!じゃ、千鶴!そういう事だから・・・。」
「そうですね、場所を移して今日はとことんお説教して差し上げます!」
「えええ〜〜〜〜。」
やっと解放されると思ったのも束の間、まだまだ続きそうな千鶴のお小言に新八はげんなりと肩を落とす。
そしてそれを見送る幹部達は、自業自得ながらも恐らく朝まで解放されないだろう新八に、皆揃って合掌を贈るだけだった。



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