短編集

泥だらけの決意
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『平気だって、ヤツラも覚悟してただろうしな』
そう言って、笑うんですね。
『俺達は新選組だからな。どんな敵にだって、背を向けたりしねぇんだよ』
そう言って、私に背を向けて貴方は泣くんですか?


鳥羽伏見の戦いで、近代兵器で武装した薩長軍を前に、
幕府軍は圧倒的な武力の差を見せ付けられ、手も足も出ないまま一時退却を余儀なくされた。
先陣を切って敵陣営に切り込んだ永倉さんの隊は他の隊に比べ、より多くの犠牲者を出し、それでも永倉さんは笑って見せていた。
「あ〜あ、泥だらけになっちまった。ちっと顔洗ってくら。」
永倉さんはそう言って私達に背を向けて離れて行ってしまう。
私はその背中を見ていられなくて、原田さんに向き直ると、一声かけてから彼を追った。
「原田さん、私ちょっと永倉さんの様子、見て来ます。」
「ああ、頼む。あいつが一番、堪えてる筈だからな。」
そう言う原田さんの表情にも疲れが色濃く見えていたけれど、行ってやってくれと背を押されて私は永倉さんを探した。
奉行所裏手にある井戸にいるだろうと思い、キョロキョロと辺りを見回す。
永倉さんの姿はなかなか見つけられなかったけれど、少し探していると、どんっと何かを殴るような音が聞こえてきた。
何だろうと音の方へ足を向けると、立て続けにドンッドンッと音が途切れなく耳に届く。
「・・・永倉さん」
井戸から少し離れた物置の影に永倉さんは居た。
先程から聞こえる音の正体は、地面に座り込み、彼が土に塗れた拳で地面を殴る音だと判った。
「千鶴ちゃん・・・っ」
私が小さく声を掛けると、彼は驚いたように顔を挙げ、一瞬その表情を歪めて見せたけど、すぐにいつもの陽気な永倉さんの顔を作って立ち上がろうとする。
「どうした?何かあったか?はっは〜ん、俺様が傍に居ないと不安なんだな?しょうがねぇなぁ」
明るくおどけたような笑顔。けれど私には判ってしまった。その唇が少し震えている事。
握った拳が、固く閉じられたままな事。
「永倉さん・・・無理、しないで下さい」
私が思わず俯いてそう言うと、永倉さんは一瞬笑顔を凍りつかせて息を飲んだ。
「・・・何言ってんだよ、千鶴ちゃん。俺は無理なんかして・・・」
「してます。私、判ります。永倉さんは誰より仲間を大事にする人だもの。
そんな人が、目の前で多くの部下を失って平気な訳ない事位、判ります」
私は握った拳をもう片方の手で包み自分の胸元で重ね、俯いたまま語り続ける。永倉さんの顔を、見ていられなかったから。
「他の隊士さんの前でそんな姿を見せられないのは判ります。でも、私は隊士じゃないです。
私の前で位・・・我慢しなくて、いいです」
「千鶴ちゃん・・・」
私は永倉さんの土に塗れた手を両手で包み込むように握り永倉さんの目を見つめて言葉を続けた。
「我慢、しないで。無理しないで。こんな風に、傷だらけな手を更に傷つけないで。もう・・・傷つかないで・・・」
「千鶴ちゃん」
永倉さんは、驚いたように目を見開いた後、息を飲んで俯いた。
彼は何も言わず、少し肩を震わせたまま、大きく息を吐いていきなり私を抱き寄せた。
「俺・・・あいつらに、何もしてやれなかった・・・。
俺、組長なのに、あいつらを率いてやらなきゃなんねぇのに、何も、してやれなかった!」
「永倉さん。」
「銃弾と、大砲の嵐ん中で、あいつらは怯える事も引く事も無く戦った!新選組の誠を掲げて、立派に散った!
けど!!俺は!俺は、もっと、もっとあいつらを!
あいつらを・・・晴れ舞台の上で死なせてやりたかった・・・。
こんな・・・意味もねぇような戦いの中じゃなく。でっかい旗をあげさせてやりたかった・・・!」
段々、私を抱き締める永倉さんの腕に力が篭り、私は痛みに息が止まりそうになりながら、それでも伝えなければならない言葉を伝える。
「永倉さん、彼らは、きっと誰もそんな事思ってませんよ。
どこで戦おうとどんな戦いだろうと、彼らは自分達が新選組二番組隊士として誇りを持って戦い、そうして散って逝ったんだと思います。」
「だから・・・。」
震える永倉さんの背に腕を回して、私は力一杯彼を抱き締めた。
散って逝った彼の部下に代わって、彼にその気持ちが届くように、これ以上彼が心を傷つけずに済む様に。
「だから、こんな風に我慢しないで、泣きたい時は、泣いていいです、よ?」
「・・・!!」
ぎゅっと背に回された腕に、更に力が篭り、次第に彼の肩が大きく震え出す。
「・・・くっ・・・。」
小さな嗚咽を、私は聞かないように紅い空に遠く響く夕鐘の音に耳を澄ましていた。
どれ位そうして居ただろう?空が暗くなり出した頃、永倉さんは少し力を抜くと、俯いたまま笑った。
「はは、格好わりぃな、俺。」
「そんな事ないですよ。永倉さんは誰より格好いいです。私が保証します」
「そっか・・・千鶴ちゃんが保証してくれんなら、そう悪くもねぇかな」
「はい、大丈夫ですよ。私には永倉さんが一番・・・・」
私はそこまで言い掛けて慌てて口を噤む。
「俺が・・・?一番なんだよ?・・って、うわ!わりぃ!!」
ぱっと顔を上げた永倉さんは、私の顔が意外と至近距離にあった事に驚いて体を離した。
「いえ・・・大丈夫です。あの・・・顔を洗ったら、皆さんの所へ戻って下さいね、熱いお茶をご用意して待ってますから」
「お・・・おお」
バツの悪そうな顔で頭を掻く永倉さんに背を向けて、私は皆の処へ駆け戻った。
「一番、素敵ですよ」
言葉にしなかった想いを胸に、火照る頬を押さえながら。
「くそっ!女に慰められるなんか、マジで格好悪ぃな、俺」
残された永倉は、バシャバシャと乱暴に顔を洗うと、何かを思うように空を見上げる。
「そう、だよな。お前らは、新選組だもんな。後悔なんか、する訳ねぇんだ。いつだって俺達には、ここに掲げた旗があるんだからよ」
自分の胸に握った拳を当て、誓うように目を閉じた永倉は、次に目を開けた瞬間
鋭い決意と秘めた想いを抱えて真っ直ぐ前を見据えて歩き出した。
それは、これから続く新選組の行く末を見据えた覚悟の決意。


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