1/2ﾍﾟｰｼﾞ目 コキコキっと首を鳴らして風呂場へ向うのは新選組総長である山南敬助。 眼鏡を押し上げて凝り固まった肩も解す。 「今日もあまり成果は得られませんでしたねぇ・・・。」 はぁと溜息を吐きつつ脱衣所で着物を脱ぎ、手拭を持って引き戸を開ける。 疲れ切った思考力と湯気で曇った眼鏡はそこに在る存在に全く気付く事なく中へと入っていく。 しかし体を流そうと座り込んだ瞬間風呂場に漂う違和感に気付いた山南。 「・・・？」 「あ・・・あの・・・・。」 「・・・！！？？」 自分一人しかいない筈の空間。そこから何故か聞こえる小さな声。 「・・・山南・・・さん？」 「ち・・・千鶴君・・・ですか？」 「はい・・・あの・・・。」 「・・・失礼。眼鏡が曇って全く見えませんでした。すぐに出ますので髪と体だけ洗わせて頂いても？」 「あ、はい！どうぞ！！」 千鶴からは後姿しか見えないが、その背中は全く動じていないように見える。 さすがは新選組総長と感心する千鶴だったが、そこで端と気付く現実。 「あの・・・山南さん、髪を洗う時って、眼鏡を外されないと・・・。」 「・・・ああ・・・・。私とした事がウッカリしていましたね。」 とは言いつつ外されない眼鏡は思いっきり真っ白に染まっている。 そして再び何事も無かったように体を洗い出す山南。 千鶴は湯から出るに出られずそのまま山南の背中を見守る。 「さて・・・では私はお先に失礼します。千鶴君、あまり長湯をするとのぼせてしまいますよ？」 「あ、はい！ありがとうございます。私ももうすぐ上がりますから・・・。」 千鶴の言葉を最後まで聞かず風呂から出ようとする山南。しかしその足元には・・・。 「あ！！山南さん！危ないです！そこっ・・・。」 「んなぁっ！！？？」 伊東が自腹で買って来て以来風呂に常備されている『米糠美人』。 肌に優しく色白美人を産むと言う噂の石鹸を思い切り踏んづけてしまった。 目を剥く千鶴の目の前で顔面から板間に激突する山南だったが、再び何事も無かったかのように立ち上がると乾いた笑いを零す。 「はっはっは。私とした事が、ウッカリしていましたね。」 先ほどと同じセリフにさすがの千鶴も山南の異変に気付き顔を引き攣らせた。 「あの・・・山南さん？もしかして・・・動揺されてます？」 「私が？動揺？何故ですか？貴方のような子供と風呂を共に入ったからと言って動揺等する訳がないでしょう？」 と言いつつ眼鏡には盛大にヒビが入り引き戸とは逆側の壁を必死に開けようと再び激突。 額に大きなタンコブを作った辺りに動揺の程が伺える。 （も・・・物凄い意地っ張りだ・・・。） やっと逆な事に気付き風呂場から出て行った直後聞こえたのは新八の声。 「うぉ！？山南さん！？何で裸！？」 （・・・・。） 「おや、私とした事がウッカリしていましたね。」 （さ・・・山南さん・・・。） とりあえず山南が出て行った事で自分も風呂から上がり急いで着物を着ると、慌てて山南の着物を持ってその後を追う。 ・・・のだが・・・。 「山南さん！！何で着物着てねぇんだ！新手の嫌がらせか！」 「おや、土方君。そんな訳ないでしょう？いつ私が嫌がらせをしてるんですか？」 「ああ！！山南さん！！あの、着物持って来ましたから！これ早く着て下さい！」 「あ？何で千鶴が山南さんの着物持ってんだ？ってかお前風呂上りか？まさかと思うが・・・。」 「あ、あの・・・山南さんが間違えて入って来られまして・・・。」 「千鶴君、そこは訂正して下さい。間違えたのではなく、見えていなかっただけです。 貴女が入っていると知っていれば入りませんでしたよ。」 「千鶴・・・？」 「いえ！！私はずっと湯に浸かっていましたし！山南さんは背中を向けてらしたので見てらっしゃいませんから！」 「そうか・・・・なら・・・・まぁ、いい。」 「え！？いいのかよ、土方さん！？」 「永倉君？私に何か非があるような言いようですね？」 「あ・・・いや・・・・そんな事は・・・・。」 視線を泳がす新八にキラリと割れた眼鏡を光らす山南は見た目だけはいつも通り。 「山南さん・・・。着物の袷が左右逆だ・・・。」 「おや・・・私とした事が（以下略）。」 「土方さん、あれ放っといて大丈夫なのか？」 「いや・・・大丈夫じゃねぇだろ、実際。」 フラフラと覚束無い足取りで廊下の壁だの柱だのに激突しながらタンコブを増やしていく山南さんを、土方と永倉の生暖かい視線が見送る。 「千鶴、悪いんだが・・・。」 「あ、はい。無事に部屋までお送りして来ますね！」 てとてと山南を追い駆ける千鶴は、いつもと変わらぬ元気な笑顔。 「土方さん・・・あれ・・・。」 「もう何も言ってくれるな、新八よ・・・。」 がっくり肩を落とす土方は、盛大な溜息を吐いた。 氷の総長もさすがの千鶴の前でだけは、頑なな氷を溶かす事もあると言うお話・・・。 →オマケ [指定ﾍﾟｰｼﾞを開く] ＜＜重要なお知らせ＞＞@peps!・Chip!!をご利用頂き、ありがとうございます。
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