短編集

師走在らずとも駆ける山桜
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屯所内では忘年会と称して、幹部を始めとした主だった隊士が集まり酒宴が繰り広げられていた。
無礼講の名の下に、騒ぎに騒ぐ男達。
そんな中、隅で一人静かに呑んでいた男は誰にも気付かれぬよう席を立った。
千鶴は隊士達に酌をして廻りながら、目の端にその動きを捕らえると、土方に軽く挨拶をして男の後を追った。
「・・・山南さん!」
廊下を曲がって少し行った先に目当ての姿を見つけると、置いていかれる前にと慌てて声を掛けた。
山南は千鶴の少し高い声に答えるように振り返ると、首を傾げて千鶴を待った。
「どうしました?千鶴君。皆の所から席を外していいんですか?」
「はい!土方さんには言ってきましたから!山南さんは、もうお休みになるんですか?」
慌てて追いかけたからだろうか?
少しばかり息が上がったまま、笑顔で山南に語りかける千鶴に、いつもは無表情な山南にも笑みが零れる。
「いいえ、実はまだ年賀状が書き終えていないんですよ。これから急いで終わらせるところです。」
「そうなんですか?お邪魔でないなら、お手伝いしてもいいですか?」
「勿論、構いませんよ。出来れば美味しい熱いお茶をお願いしていいですか?
少しお酒が過ぎたようで・・・。」
ガラス細工の眼鏡を片手で押し上げながら、困ったように笑う山南は確かに薄っすら頬が赤かった。
「了解です!すぐにお持ちしますね?」
パタパタと踵を返して台所へ駆けて行く千鶴。
その後ろ姿に少し見送りながら、山南は自室へと戻った。
筆を取り出し墨を磨り出すと、すぐに軽やかな足音が近付いて来る。
「山南さん、お茶をお持ちしました。失礼していいですか?」
「どうぞ、お待ちしてました。」
「はい!わ、まだ結構残ってますね。」
「そうなんですよ、平助達の手伝いをしていたら、すっかり自分の分を忘れていました。」
カリカリとこめかみを掻きながら苦笑する山南は、酔いの為かいつもより明るい笑顔で軽い口調で千鶴に話しかける。
千鶴はそれが何だか嬉しくて、山南の隣に座り込んで同じく墨を取る。
「じゃあ、早速お手伝いしますね?」
「はい、お願いしますね、千鶴君。」
さらさらと筆の滑る音としゅっしゅっと墨を磨る音。
静かな時間が二人の上を流れていく中、積み上げられた年賀状は少しずつ減っていく。
夜半も過ぎた頃、最後の一枚を書き上げると、二人は揃って大きな溜息を吐いた。
「さすがに・・・これだけ書くと疲れましたね。大丈夫ですか?」
「は・・・はい。すっごい集中してました!私にしては珍しく!」
「本当ですね。君は普段注意力散漫過ぎますから、今日と普段と足して割ったらいい位かもしれませんよ。」
「山南さん・・・。酷いです。」
自分でも少し心当たりがあるらしい千鶴は、肩を窄めて反論しようとするが、やはり本当の事なのであまり強くも言い返せない。
「ふふ・・・・すみません。でも君はいつも笑顔で、癒されます。
今日のような真剣な顔も素敵ですが、普段の笑顔の方が私は好きですよ。」
「・・・山南さん、もしかして、まだ酔ってますか?」
「おや、どうしてですか?」
「だって・・・いつもはそんな事おっしゃいませんから。」
「そうですね、まだ少し酔いが残っているのかもしれません。だからでしょうか?
普段ならこんな風に思っていても、口にしたりはしないのに・・・。
今はとても君に触れたいと思っています。」
「え・・・。」
「触れて・・・いいですか?」
切なげに細められた目が千鶴を射抜くように見詰める。
確かに普段の山南であればこんな事は言わない。
戸惑いつつもどこか逆らえない自分を自覚する千鶴は、少しずつ近付く山南の手が触れる直前固く目を瞑った。
山南は、目を瞑ったまま俯いてしまった千鶴に、聞こえないよう軽く溜息を落とす。
そうして自らが触れる代わりに以前近藤から幹部に配られた飴玉をちょんっと唇に押し当てた。
「・・・・!?」
飴玉の感触に驚いた千鶴が目を開けると、まるで悪戯が成功した子供のように笑う山南が飴玉を差し出していた。
「そんな顔をされては、何も出来ないですね。
怖がらせたお詫びと手伝って下さった俺に、どうぞ。近藤局長からの手土産ですよ。」
彩り鮮やかな飴玉達を千鶴の手の平に載せると、その中の一つを山南も口にする。
「・・・やはり、私には甘過ぎましたね。あの人も何故私にまでこんなモノを買ってくるのか・・・。」
想像以上に甘かったのだろうか?口を歪めて苦笑する山南は、八つ当たり気味に近藤への苦情を口にする。
千鶴はそんな山南が珍しくて可笑しくて、先程一瞬怯えた事も忘れコロコロと笑う。
「ふふ・・山南さん・・・・ここに凄く皺が寄ってます。まるで土方さんみたい。」
山南の眉間にとんっと指を置いて、今もまだ呑んだくれているであろう鬼の副長の名を出すと、山南は更に顔を顰めて見せた。
「せめて二人きりの時位、他の男性の事は忘れて欲しいですね。普段の君は、皆のモノなのですから・・・。」
眉間に触れた指を口元に寄せ、ちゅっと吸い付きながら真っ赤になって慌てる千鶴をからかうように山南は見上げる。
「う・・・山南さん・・・やっぱり酔ってます。」
「そうですよと、さっき言ったでしょう?
ですから今から私がする事も言う事も酔っ払いの戯言です。明日になれば、忘れてしまいましょう。」
「山南さん・・・?」
握られた手を振り解く事も出来ずに、戸惑うように触れられた唇を受け止める。
まだ山南の温もりの残る飴玉が千鶴の口中に移され、そのまま生暖かい舌が絡められた。
「ふ・・・。」
「・・・ね?甘いでしょう?」
「・・・はい。甘い、ですね。」
「でも、君の唇の方が甘いですね。もう少し、頂いていいですか?」
鼻が触れる距離で蕩けるような目で見詰められて、千鶴が否と言える訳もない。
小さく首を縦に振ると、山南の手が背中に回され抱き竦められる。
「夜はまだ長いですから、ゆっくりして行って下さいね。」
あくまで優しく笑う山南に身を委ねて、出来れば酔った振りでなく触れて欲しいと願う千鶴の目に白い月が頭上高く輝いて見えた。
朝はまだ遠く夜は更けたばかり・・・。

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