山南さん捏造ルート

春風に咲きさそはれる前の山桜
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「山南さん。」
そんなある日の事。
一人部屋で書き物をしていた山南の元へ、土方が訪れた。
「どうしました?土方君。君から僕の元へ来るなんて、珍しいですね。」
「いや・・・その・・・。」
どかっと威勢よく座ったまでは良かったが、その後は視線を彷徨わせなかなか本題に入ろうとしない。
そんな土方に、山南は苦笑しながら、自ら本題を切り出す。
「千鶴君の事でしょう?」
「・・・ああ。そうなんだが・・・。」
「言われずとも判っています。そろそろ私も距離を置いた方がいいかと思っていました。」
「山南さん、俺は・・・。あんたが千鶴といる事で、以前のあんたに戻ってくれたのは正直嬉しいんだ。けど・・・。」
「何も知らない平隊士からすれば、彼女が特別扱いされていると思うでしょうね。」
「ああ・・・。」
「判っています。私が離れた方が彼女の為になる事は。心配しなくても、彼女には明日私から話しますよ。
それ位は構わないでしょう?
理由も判らず、いきなり距離を置かれたのでは、彼女も不安でしょうから。」
「そうしてくれるか?」
「他の誰かに任せるつもりはありません。」
静かに目を伏せる山南は、土方の知る山南敬助その人。
戻って欲しいと願ったのは自分で、その為の助けとなるならと千鶴を傍へ置いたのも自分なのに、それが都合が悪くなったからと
穏やかに過ごす二人を引き裂くのも自分。
鬼の副長と言われてきた土方ではあったが、今回ばかりは鬼の役目はやり切れなかった。
「すまねぇ・・・。あんたには、面倒事ばかり押し付ける。」
「構いませんよ。彼女と過ごせた時間は、幸せでしたから。ただ・・・。
もう大丈夫とは思うのですが、彼女の事は気に掛けてあげて下さいね?
幹部とは打ち解けられたようですが、やはりそれだけでは不安が消せる訳はないと思うのです。」
自分が傍にいられるのならば別だけれど。
言外に告げられる言葉は、ともすれば自信過剰にも聞こえるが、土方にはそれが真実だと判ってしまった。
だからこそ、大きく頷いて答えるしかなかった。
「判ってる。俺が責任持って守ってくから。」
「お願いしますね。」
土方と山南の間で、そんな会話が成されているとは知らない千鶴は、翌日も自室に篭りいつものように山南が訪れるのを待っていた。
程なく、音も無く開いた襖から千鶴が待っていた人物が入って来る。
しかしその様子がいつもと違う事にすぐ気付いた千鶴は、問うように首を傾げて山南を見上げた。
「どうか、されましたか?」
「・・・やはり、今日の私はおかしいですか?」
「おかしいと言うか、元気がないように見えます。何かあったんですか?」
真っ直ぐ自分を見つめる瞳。自分を疑う事等知らないような、無垢な瞳が愛しかった。
ここに来た頃に比べ、驚く程明るく笑う笑顔が眩しかった。
優しく自分を呼ぶ声が、耳に心地良かった。
華奢で、細い肩を、何度抱き締めたいと願っただろう?
何度触れたいと思っただろう?
しかし、それももう終わる。
彼女の為に、自分は離れた方がいい。
理屈ではそう判っている。判っているのに、それを口に出す勇気が一晩経っても持つ事が出来ない。
「山南さん?」
不安そうに彼女が自分を呼んでいる。
まともに見返せない自分を、きっと真っ直ぐな瞳を不安に揺らせながら見つめる彼女の視線が痛かった。
傷つけたくはない。なのに・・・。
「・・・明日から、私はここへはもう来ません。」
視線を合わせぬまま、抑揚のない声でそう告げると、視線の隅で息を飲む彼女が映る。
「ど・・・して?私・・・。私、何かお気に障るような事しましたか?何か・・・。」
「いえ、貴女は悪くはないです。私と・・・新選組の問題です。」
言外に告げられる、貴女は部外者ですから。そんな突き放した山南に、千鶴は目を見開く。
「そ、それは・・・。私には、言えない事なんですか?私が、部外者だから・・・?」
「そう取って頂いて構いません。貴女が部外者である事は、事実ですし。」
静かな声で淡々と言葉を紡ぐ山南を見ていられなくて千鶴は目を伏せる。
膝の上で固く握った拳と、細い肩は小刻みに震え涙を堪えているのが手に取るように判る。
判るのに、山南はその手を握る事も、肩を抱く事も出来ない自分に歯痒さを感じ、それが苛立ちとなって現れる。
「では、私はこれで。今後は他の幹部が交代で見張りに回るでしょう。」
殊更感情を出さぬよう、冷たい声音でそう告げると山南は立ち上がりそのまま去ろうとする。
「あのっ・・・!」
「・・・まだ、何か。」
俯いた顔を上げ、山南を呼び止めた千鶴に、やはり冷たく背中を見せたまま答える山南。
「あの・・・今まで・・・ありがとうございました。部外者の私に優しくして頂いて・・・。」
「私は土方君に頼まれていただけです。役立たずなりに使いようがあったんでしょう。」
「そんな!山南さんは役立たずなんかじゃありません!私、私本当に嬉しかったんです。
例え・・・・それがお仕事だったとしても・・・。」
堪え切れなくなった涙を、隠す事もせずにぼろぼろと流しながら千鶴は笑う。
「気に・・・しなくていいですよ。では・・・。」
背を向けたまま、山南はそれだけ言い残して出て行った。
残された千鶴は小さく嗚咽を洩らしながら肩を震わせて咽び泣く。
「ど・・・して?山南、さん。」
訳が判らない。昨日までは、本当に楽しそうに過ごしていたのに。
共に笑い合う時がずっと続けばいいと思っていたのに。
「どうして・・・。」
千鶴は呟きながら、泣き続ける。一人静かに。
山南は、部屋の外で千鶴の泣き声と、小さな呟きに耳を傾けながら拳を握り締め、今すぐにでも千鶴を抱き締めてやりたい
衝動を堪えるしかなかった。
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