1/7ページ目 薄暗い室内。 深い深いため息を落とすのは雪村千鶴。 男装をしているが、れっきとした女性。 父を捜しに京に着いた途端、とんでもない現場を目撃し、現在新選組に虜囚としてほぼ捕らわれの身。 「こんなんで、いつ父様を捜しに行けるんだろう。・・・いっそ逃げちゃおうかなぁ。」 千鶴が物騒な考えを洩らした時、音も無く襖が開けられる。 「随分と物騒な事をおっしゃいますね。」 現れたのは、髪を肩まで伸ばしこの時代には珍しく眼鏡を掛けた長身の男。 身のこなしには隙がなく、瞳に映る光は冷淡で、何の感情も窺えない。 山南敬助。新選組副長、土方歳三と並ぶ総長、近藤勇の右腕的存在。・・・だった人。 「山南さん・・・。今日の見張りは山南さんだったんですか。」 隊内では全く信用されてはいない千鶴には、毎日誰彼ともなく見張りが付いている事は知っていた。 それに対し特に文句を言うつもりもない。 その見張りが、今日は山南だったと言う事に少し驚く。 「ええ、今日は・・・と言うか、今日もと言った方が正しいのでしょうが。」 「え?」 「何でもありません。それよりも・・・。」 呆けて見上げた千鶴に、山南は目だけで見下ろすと、すっと双眸を細めて睨み付ける。 「先程のような発言は好ましくありませんね。私が聞いていただけですから、不問にしますが・・・。 もし沖田君なら問答無用でバッサリですよ?」 あながち脅しだけとも取れない忠告をしながら、山南は千鶴の傍らへと腰を下ろした。 そうしてどこから取り出したのか、茶葉を用意すると器用に茶を入れ出す。 「あの、山南さん?」 てっきりお説教が始まると身を竦めていた千鶴は、山南がすっと差し出したお茶に戸惑いを隠せず、 それを素直に受け取っていいものか・・・。 目だけで問い掛けるように山南を見ると先ほどの冷やかな表情とは比べ様がない程穏やかに微笑んでいる。 「どうぞ、特別に仕入れた私専用のお茶ですよ。暖まります。」 他意は無いと見れるその表情に、少し安心した千鶴は、総長が手ずから入れてくれたお茶を素直に受け取ると、一口飲んでみる。 「・っ熱っ!」 味わう間もなく舌に感じた熱に思わず茶碗を落としそうになるが、何とか机に戻すと恐らく火傷しただろう口元を抑えながら 山南に謝罪の言葉を述べた。 「ひゅ・・・・ふみまへん・・・・。」 「何をしてるんですか、と言いたいですが、すみません。熱過ぎましたか?もしや猫舌ですか?」 「少し・・・。」 「それなら無理せずに冷まして飲めばいいものを。」 「いえ、せっかく入れて頂いたのに、すぐ口にしないのは失礼かと・・・。」 「目の前で吐き出されそうになる方が余程失礼ですよ。」 怒らせてしまったかと見上げると、呆れたように嘆息しながら、その目は面白そうに笑っていた。 未だヒリヒリする口元を、涙を浮かべて擦る千鶴に新たにお茶を入れ直してくれる。 「こちらをどうぞ。温めに入れましたから、今度は大丈夫ですよ。」 「あ、ありがとうございます。」 それから二人は会話を交わすでなく、襖の開け放たれたままの外に目をやり中庭に咲く花を眺めるともなしに眺めていた。 穏やかな昼下がり。もしかしたら、それ程怖い人ではないのかも、と千鶴の山南を見る目が少し変わる最初の小さなお茶会。 その後も、山南は何度か千鶴をお茶に誘った。 「千鶴君、今日のお茶は長崎から取り寄せた珍しいお茶で、紅茶と言うんだそうです。一緒にカステーラも取り寄せたんですよ。」 「わ〜西洋のお茶ですか?」 「はい、イギリスのお茶なんです。あちらでは、このお茶を日に六度は飲むそうですよ。」 「へ〜?」 こんなほのぼのとした会話が、千鶴の部屋では繰り広げられる事が増えていった。 一時は山南を敬遠していた他の幹部も、二人のお茶会に参加する事もあり、自然幹部の千鶴に対する不信も消えつつあった。 「山南さん、俺らにもたまには旨い茶を入れてくれたっていいじゃん。」 「お前は酒の味も判んねぇくせに、茶の味なんか判るのかよ?」 「判るよ!ってか銘柄とかさ、旨けりゃ何でもいいじゃん!」 「藤堂君はそんなだから、私もあまりご馳走したくないんですよ。」 「違いねぇ!その点俺なら平助よりは、判るぜ?」 「君はお茶よりお茶受けの菓子が目当てなんでしょう、永倉君。」 「お前らは・・・茶の時間になっちゃぁここでだべってんじゃねょ。」 「・・・茶は静かに飲め。」 「ホントに五月蝿いね、皆。」 永倉と藤堂が騒げば、原田がそれを嗜める。 斎藤は一人静かに茶を味わい、面白そうに眺めているのは沖田。 何時の間にか、幹部と普通に会話し仲良くなれたのは、山南のおかげだと千鶴は感謝の意を伝えた。 すると山南は、自分は何もしていないからと目を伏せるのだ。 「私は何もしてませんよ。貴女の人柄が、皆を惹き付けただけでしょう?」 少し前までの険のある笑顔からは想像出来ない程、穏やかに山南は笑う。 その言葉の真意は測れないまでも、山南の前では他の隊士と過ごす時より気を緩ます事が増え、 山南もまた、怪我をして以来あまり見せる事のなかった穏やかな人柄を千鶴の前では取り戻していた。 「雪村君の相手を山南君に頼んだのは、正解だったみたいだな、歳。」 「ああ、今んとこはな。」 「何だ、気に掛かる事でもあるのか?」 「いや・・・山南さんが穏やかでいられるのはいいんだが・・・。仲が良すぎやしねぇかと心配でな。」 「いいじゃないか、仲良き事は美しきかな。微笑ましい図だ。妹のように思えるんじゃないか?」 (だといいがな。) 土方の心配を余所に、二人が共に過ごす時間は加速度的に増えていった。 父を探しに京に来たものの、結局自由に出歩く事もままならず、幹部以外の隊士と打ち解ける事も出来ない千鶴と、 怪我をして以来、人が変わってしまったように暗い表情を見せ、新選組内で異端な存在となりつつあった山南。 同病相憐れむようなお互いの存在が、より二人を近しい者として親密にさせていった。 しかし、山南自身は、その状況を良しと思っている訳では決してない。 元々彼女の見張りを引き受けたのも、屯所内で自分と似たような扱いを受ける千鶴に同情しての事だった。 それが今では自ら彼女の元へ赴き、共に茶を味わい、語り合う時間を何より楽しみにしてしまっている事に気付いていたから。 (このままでは、私同様、彼女も今以上に新選組に捕われてしまう。) 奇しくも、土方の懸念と似たような不安を、山南も感じ出していた。 [指定ページを開く] <<重要なお知らせ>>@peps!・Chip!!をご利用頂き、ありがとうございます。
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