短編

師と共に走るが弟子
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その日千鶴は疲れていた。
お茶を持って各幹部の部屋を訪れる度年賀の挨拶状の手伝いをさせられてすっかり疲労困憊していた。
師走と共に屯所内が慌しくなり、千鶴も大掃除や御節の準備に追われていたが、膨大な量の挨拶状を書く幹部の苦労も大変そうで
頼まれれば断れず、ついつい手伝ってしまう。
気が付けば既に夕刻。本日まだ一度も顔を見ていない最後の一人。十番隊組長の下へとお茶を運ぶ。
「原田さん?お茶をお持ちしました。」
「ああ。悪いな、置いといてくれ。」
文机の上には他の幹部に負けず劣らず大量な料紙がうず高く積まれている。
「原田さん、これ全部・・・?」
「ああ、まだ全然だ。明後日までに、なんて土方さんも無茶言うぜ。」
「あの・・・私お手伝いしましょうか?」
「お前が?いいって、こんな面倒くせぇ仕事。」
「でも、他の方達は遠慮なく手伝わされましたよ?」
「マジか?あいつら・・・。お前の事小間使いとでも思ってんじゃねぇだろうな?」
「でもお手伝い出来る事ならさせて下さい。」
「いや・・・。ああ、そうだな。それなら肩揉んでくれ。思いきりやって構わないぜ?」
「肩揉みですね。任せて下さい!」
もう一度断ろうとした原田だったが、隅に座る千鶴の伺うような顔を見て溜息を吐きながら苦笑した。
他の幹部の手伝いをしたにも関わらず、自分にだけ何もしないのは申し訳ないとでも思ったんだろう。
肩叩きを頼むと嬉々として擦り寄って来る。
「この辺りですか?」
「ああ、その辺だ。お前結構上手いな?」
「父様のをよくやってましたし、今も土方さんや井上さんの肩をお揉みしてますから。」
「そういや、よくやらされてんな。」
「皆さん激務で、お疲れなんですよ。原田さんも結構凝ってますね。」
「そうか〜?まだ若いつもりなんだがなぁ?」
「十分お若いです。」
そんな軽口を交わしながら進める作業は、一人悶々と書いていた時より遥かに筆の滑りが良く、思いの他捗った。
(何か他の奴等の気持ちが判ったかも・・・)
恐らく皆そうなのだ。
作業を手伝わせるよりも、そこに千鶴がいるだけで心が落ち着く。
和んだ空気に癒される。
だからこそ皆千鶴を傍らに置きたがり、原田もその例外ではなかった。
「もうちっとで終わるから、それまで傍にいてくれねぇか?」
「勿論、喜んで」
薄っすら頬を染めて、はにかみながら笑う千鶴は、どんな特効薬より原田の疲れを癒していった。
千鶴効果による物か原田の努力か(おそらく両方)深夜にまで及んだ作業はなんとか目処が立ってきた。
「つ・・・疲れた・・・俺は燃え尽きた〜〜。」
文机に突っ伏しだらける原田に、千鶴はお茶ではなく熱燗を差し出す。
「気が利くなぁ?ちょうど呑みてぇとこだったんだ。」
「多分そうじゃないかと思って。でも、もう遅いですから一本だけですよ?」
「判った判った。これだけな?」
旨そうに熱燗を呑む原田の後ろに回り、千鶴は再び肩を揉み始める。
ゆっくり解されて行く疲れに原田が目を瞑り浸っていると、ふいに千鶴の手が止まる。
どうしたのかと目を開けると、肩に回されていた手が原田の髪を梳き出した。
「どうした?」
「いえ・・・・原田さんの髪って、綺麗ですよね?少し赤毛で・・・さらさらしてて、気持ちいいです。」
「そうか?俺よりお前の髪の方が綺麗だろ?ちょっと代われ。」
原田は千鶴の背に廻ると、今度は自分が千鶴の肩揉みをしながら髪を見詰める。
「やっぱ、お前の髪のが綺麗だって。な、下ろしていいか?」
「え?あ、はい。どうぞ。」
後ろから感じる視線に少しずつ赤く染まる頬を押える千鶴を、原田は愛おしく思いながら結われた髪を解いた。
するりと肩に流れる髪に手を入れると、さらりとした感触が心地いい。
「触り心地いいなぁ・・・。何か、他んとこも触ってみたくなるよなぁ。」
「え?」
言葉の意味を理解する前に、ごろんと床に寝転がされる。原田を大きな瞳で見上げる千鶴の頬に、原田の手が触れる。
「肌もすべすべしてんな。他のとこも、触っていいか?」
「え、え?」
千鶴が戸惑う間にも原田の手は頬に、首に、腕に触れていく。
「あの・・・原田・・・さん?」
「そう言や・・・礼をまだしてなかったな。」
「お礼って・・・何のですか?」
「傍にいて、手伝ってくれたろ?俺なりに、その礼をさせてもらうぜ?」
微笑みながら原田の顔が近付いてくるのを、千鶴は静かに目を閉じて受け止めた。
年の瀬も迫った深夜。
十番隊組長の部屋には、仄暗い明かりが消える事がなかったとか・・・。

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