短編集

七夕〜一人稽古〜
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指南稽古が終わり自室へと戻る際、中庭の片隅で千鶴が佇んでいる姿が目に入った。
抜き身にした小太刀を見下ろし、何事か決心したように腰の鞘へ小太刀を納めて歩き出した。
あまりに真剣な様子にどこへ行くのか気になり思わず後を付けた。
足取りはしっかりしており目的地も決まっているようだ。
どこへ向かうのかと訝しく思い出した頃、近所の竹薮の中へと入り込んで行く。
もしや人知れず鍛錬でもするのだろうか?
しなやかで強靭な竹を相手の鍛錬は千鶴には少し厳しいのではないだろうか?
そう思った俺の前で、再び小太刀を抜いた千鶴はおもむろに竹に向かって小太刀を振り翳した。
「やぁーーーー!」
なかなかいい掛け声ではあったが、あれでは恐らく弾かれてしまうだろう。
「きゃっ!」
案の定刺さりもせずに弾かれた小太刀を抱えた顔が、一瞬泣きそうに見えた。
「どうしよう・・・。」
一体何故急にと不思議に思うより先に、俺は千鶴へと声を掛けていた。
「こんな所で何をしている。」
「え・・・きゃぁ!?さ、斎藤さんっ!?」
全く俺の気配に気付いていなかったらしく大袈裟な程驚いた千鶴は何故か一瞬バツの悪そうな顔をした。
「どうした?」
「いえ・・・あの・・・もしかして、見てましたか?」
「ああ、皆に隠れて鍛錬とは良い心がけだが些か難しいように思う。千鶴の腕ならば人相手の稽古の方が良いのではないか?」
「稽古・・・?あ、いえ!違うんです!そうでなく!」
「違う?鍛錬ではないのか?では何故このような所で隠れて竹に打ち込んでいる。」
「それは・・・。」
鍛錬でないなら一体何だと言うのか、千鶴の行動の意味がさっぱり解せない俺は口篭もる千鶴の返事を大人しく待った。
だが、千鶴の口で語られた真実は俺には全く理解出来ず、ともすれば竹を生け花に使いたかったからと言われた方が納得できたかもしれない。
「今日は、七月七日です、よね?」
「そうだな。」
「七日は、七夕の日じゃないですか?」
「そう・・・だったな。」
「だからです。」
何がだ。
七夕だからと言って何故竹に向かって鍛錬する必要がある。
「あ、そうではなくて、竹相手に鍛錬していたのでなく、ただ笹を持って帰りたかっただけなんです・・・。」
「笹を・・・?笹を持ち帰って何とする?」
「え!?斎藤さん、笹飾り見た事ないんですか!?」
笹飾り。
そう言えば七夕には笹に願いを書いた短冊を吊るすと聞いた事がある。
「・・・叶えたい願いの為にか?」
「・・・そう、ですね。でも、もしも願いがなくてもただ皆さんと笹飾りを作りたいだけかもしれません。
だって、一年に一度しかないんですから。」
一年に一度の、たった一日の為に笹飾りを作りたいという、幼過ぎる発想に思わず思考が固まった。
しかし次の瞬間、嬉しそうに笑う千鶴の願いを叶えてやってもいいかと思った。
無欲なこの少女は、それだけで酷く幸せそうに笑うのだろう。
そうしてその笑顔で殺伐とした屯所内にも明るさを灯すのだろう。
日々の激務に追われる顰めッ面の副長と、気の抜けない仲間達を思い描いて俺は一つ溜息を零した。
「この笹でいいのか。」
「え・・・。」
驚く千鶴の前で一刀で笹を切り倒し、肩に担ぎ上げながら千鶴へと開いた手を差し出した。
「どうした。早く帰らねば夜になってしまうぞ。」
「は・・・はい!!」
勢いよく頷いた千鶴が早足で俺の隣に並んだ。
にこにことやはり嬉しそうに笑みを刻んだまま。
「斎藤さんって、やっぱり凄くお優しくて凄くお強いですね!」
どう答えていいか判らない千鶴の言葉に、首を傾げるうちに屯所が近付く。
千鶴の願いはきっと皆の無事を願って。
ならば俺は、千鶴のもう一つの願いを短冊に書いてやるとしようか。
わさわさと揺れる笹を抱えて、そんな事をぼんやりと考えていた。



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