短編集

我が手 触れなな 土に落ちかむ
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今年の冬は、例年に比べて寒さが厳しいように思う。
隊士達も稽古場で鍛錬しているが、寒さ故かいつもの覇気がないように感じられた。
「寒いくれぇで情けねぇ!」
新八などは冬の寒さでも変わらぬ服装で、見ているこちらが寒いと左之や平助に文句を言われている。
庭に目を向けると寒椿が赤く咲き誇り、その影で白椿もひっそりと華開いている。
そのまま視線を動かせば、1年近く前から屯所に身を寄せる雪村千鶴の姿が見えた。
水の冷たい季節。
皆が嫌がる水仕事を買って出た彼女は、恐らく凍えて動き難くなったであろう指に息を吹き掛けていた。
「千鶴。」
俺が呼びかけると、ぱっと顔を上げて明るく笑う。
「斎藤さん!巡察お疲れ様でした。寒かったでしょう?すぐに火鉢をお持ちしますね。」
自分の方が寒いだろうに、まず俺の体を気遣う彼女の指は既に真っ赤に腫れ酷い赤切れが出来ているようだった。
「ああ、頼む。」
俺は一先ずその場を離れ、ある場所へと向かった。その途中、地面に落ちた赤い寒椿が目に止まる。
「誰に愛でられる間もなく、地に落ちたか・・・。」
雪まで落ちて来そうな寒空の下、場違いな赤が新選組と言う異端な集団に埋もれた千鶴の姿に重なり
思わずそれを拾って懐へと仕舞い込んだ。
俺が目的の物を手に入れて自室へ戻るのと、千鶴が火鉢を抱えて来るのはほぼ同時だった。
「斎藤さん!お待たせしました〜!」
にこやかに笑いながら、重たい火鉢を俺の為に運んでくれた彼女に、自然と笑みが零れる。
「ああ、すまない。お前も当たって行くといい。」
「ありがとうございます!でも、まだ洗濯と掃除が終わっていないので・・・。」
そのまま退室しようとする彼女の手を引くと驚く程冷えてしまっていた。
「この季節の水仕事全て一人でやる気か?少し暖まっていけ。手が酷く冷えてしまっている。」
「でも・・・。」
尚も固辞しようとする彼女の手に、先程急いで松本先生から頂いた塗り薬を乗せてやる。
「これ以上酷くなる前にこれを塗っておけ。よく効くと評判だそうだ。松本先生のお墨付きだ。」
「これ!知ってます!凄く高いお薬じゃないですか!?」
巷で評判だと噂なだけあり、千鶴も知っていたようだ。
確かに少し高価だったかもしれないが、それで彼女の痛みが少しでも和らぐなら安い物だと思う。
「気にするな。俺が使っても仕方無い。貰ってくれ。」
「・・・はい、ありがとうございます。」
少し躊躇した後、大切そうに手に握り締めはにかむような笑顔を見せてくれた。
その笑顔だけでお釣が来る程の対価だと思う。
「年頃の娘が、男だらけの場で過ごすんだ。
口に出来ぬ不便もあるだろう。だが、なるべく我慢しないでくれ。」
「私、我慢なんてしてませんよ?」
きょとんと目を瞠る千鶴は、本当にそう思っているのだろう。
だが、俺は不安でならない。
父を捜す為、当て所なく旅して京に来た。
その途端新選組と言う、決して上品とも言えない集団に関わり、共に過ごす事になってしまった。
この1年、父の行方も庸として知れず、自分の先行きも判らないまま。
そんな不安定な生活に、本当に何の不安も不満も感じては居ないのだろうか?
「きっと・・・お前は本当にそう思っているのだろうな。」
「え?だって・・・。」
少しの戸惑いを見せながら彼女は言葉を紡いでいく。
「最初は不安でした。本当に父様が見付かるのかなとか、新選組の人達を信用してもいいのかなとか・・・。
でも、今はそんな事はないです。父様はまだ見付からないけれど、不安では無くなっています。」
そこで一旦言葉を切り、俺を真っ直ぐ見つめ、にこりと微笑んで彼女は言うのだ。
「きっと、斎藤さんや皆さんが良くして下さるから。感謝しています。本当に。」
彼女を利用する為だけに半ば虜囚のような形で彼女の身を拘束した俺達に。
心から感謝しているだろう事はきっと嘘じゃない。
だからこそ、俺は不安になる。
華で言えば満開の、今が一番美しく咲き誇るだろう彼女が、
新選組と言う枠に捕らわれたまま、誰に愛でられる事なく地に落ちた椿のように、朽ちていくのではないかと。
出来る事なら今すぐにでも俺達から、血生臭い場所から解放してやりたい。
そう思うのに、出来ない自分が歯がゆい。
この場所から彼女が放たれた時、恐らく彼女を愛でるのは俺以外の誰か。
その誰かが自分ではない事に苛立ち、困惑する。
「斎藤さん?」
急に黙り込んでしまった俺に、千鶴は心配そうな目を向ける。
「大丈夫ですか?」
出来るなら・・・。
「大丈夫だ。心配ない。」
「本当ですか?外は寒かったですから、お風邪でも引かれたんじゃ・・・。」
「ああ・・・少し、外は寒かったな。だがもう平気だ。お前が暖かさをくれた。」
「え?あ、はい。もう少し炭を足しますね。ゆっくり暖まって下さい。」
「炭を持ってきたら、茶も入れてくれ。一人で飲むには味気ない。共に飲んでくれるとありがたい」
「はい!喜んで!すぐお持ちします。」
ただ休めと言っても彼女は聞かない。
解放してやる事が彼女の為と判っていながら、それを出来ない俺には、彼女が心から和めるように心配るしか出来ない。
パタパタと軽快な足音を響かせ走っていく彼女を見送り、俺は懐から赤い椿を取り出す。
すでに萎れ掛けたそれを、千鶴が少しでも明るくなるようにと幹部の部屋に飾っている花瓶に刺す。
出来れば満開のまま、一番綺麗な今を、誰に触れられず落ちるのも、俺以外の誰かが触れるのも許せないなら
地に落ち朽ちるその前に、せめて俺だけは・・・。



お前の全てを・・・。

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