短編集

唇から微熱
1/1ページ目

ざっくざっくと雪を踏みしめる足跡が二人分。
雪深い北国では、昨夜から降り続いた雪が一面を真白に染め上げている。
「千鶴、辛くはないか?」
「大丈夫です、一さん、このブーツって西洋風の履物は暖かいですから。」
こちらに来たばかりの頃は、二人共着物を愛用していたが、雪が降るようになってくると、自然と西洋の洋服を着る機会が増えていた。
「よく似合っている。千鶴には桜色がよく合うな。」
「そ、そうですか?一さんも、とても素敵ですよ。」
お互いを褒めあいながら歩く私達を、この北国の人々は「また来た〜」と言う視線で暖かく見守ってくれる。
それと言うのも、一さんは、意外にと言おうか何と言うか・・・。
あまり人目を気にしない人だったから。
先日も一緒にお買い物に行った際、重い荷物ばかり持ってくれる彼に、ただお礼を言っただけで頬に口付けされた。
それを目撃した女将さんも、店主のオジサンも、微笑ましく見るだけで特に止める事もない。
(もしかしなくても面白がられている?)
一さんが人前で私に過剰な接近をする度に、私は真っ赤になって慌ててしまうものだから、きっとかなり見た目には滑稽な事と思う。
(嬉しいけど、でもやっぱり・・・恥ずかしい)
人前では止めて下さいと何度お願いしても、一さんは不思議そうに笑うだけ。
「千鶴にいつでも触れていたいから、それはいけないか?」
そうやって寂しそうに言われてしまうと・・・それ以上駄目ですとは言えなくなってしまう。
今日も、また雪が降り出す前に二人で買い物に出掛けてきたのだ。滑ると危ないからと一さんはずっと手を握っていてくれる。
「寒くはないか。」
「平気です。一さんの手がとても暖かいですから。」
にっこり笑いながら答えると、一さんも、笑みを深くして頷いてくれる。
「千鶴の手もとても暖かい。そして、その笑顔は俺の心を暖めてくれる。」
優しく微笑む一さんはそんな恥ずかしい事をさらりと言って私の手の甲に口付けしてくれる。
「そう言えば・・・。」
「はい?どうしましたか?」
「職場で西洋の英語と言うモノを習っているんだが・・・。」
「そうなんですか?凄いです、一さん。」
私は素直に感嘆する。だって私にはオランダやフランスの人々の言葉なんてさっぱり判らない。
「いや、皆が習っていて、俺だけが特別な訳ではない。」
「でもきっと一さんですから、誰より覚えが早いに決まってますよ。」
「そう・・・だろうか?自分ではよく判らない。」
「絶対そうですよ!」
拳を握り締めて力説する私に、一さんは一掃笑みを深くする。それが、急に曇ったと思うと一さんはぴたりと立ち止る。
「一さん?どうしましたか?」
「・・・千鶴・・・何故もっと早く言わない。」
「・・・え。」
一さんは、言うが早いか近くの店に私を連れては入ると、何も言わずに私の足元に跪く。
「あ・・・・。」
「やはり・・・こんなに酷くなるまで何故黙っていた。」
実は、今日初めて履いたブーツは確かにとても暖かいし歩き易いのだが、履き慣れていない為に靴擦れを起こしていたのだ。
先ほどからかなり痛かったけれど、それを伝えれば心配を掛けてしまうと我慢していた。
なのに何故か一さんにはバレてしまったようだ。
「すみません・・・。」
「謝る必要は無い。だが、次からは我慢しないでくれ。こんなに赤くなって・・・。」
そう言いながら、一さんは私の靴擦れに口付けようとする。
「は、一さん!?何するんですか!!??」
「どうかしたか?擦れているから、消毒をしようとしているんだが・・・。」
一さんは、それが何だと言うように、当たり前の顔をしてまた私の足に顔を近付ける。
「だ、駄目駄目駄目駄目!駄目です!汚いですよ!足ですよ!?」
「問題無い。千鶴を汚いと思った事はないし、思わない。」
さらりと言ってのけた一さんは私の制止も聞かずに跪いたまま私の足を舐めていく。
私はくすぐったさと、周囲の視線を痛い程感じて、顔が真っ赤に染まるのが判った。
丹念に靴擦れを舐め上げた一さんは、店の人に薬を借りて手当を施して行く。
「さあ、これでいい。もし辛いなら、負ぶっていくが・・・。」
私は、これ以上周囲の好奇の目に晒されたくなくて慌てて被りを振る。
「いいえ!大丈夫です、もう歩けますから!!」
「そうか・・・?」
残念だとでも言いたげな顔で、一さんは立ち上がり、店主に丁寧に礼を述べると再び私の手を取り外に出る。
店主の「いいもん見せてもらったから〜」の一言が、非常に恥ずかしかった・・・。
「もう我慢はしないでくれ。俺も辛い。」
一さんは、本当に痛そうな泣きそうな顔で私に訴えてくる。私は、あまり心配掛けたくなくていつも我慢してしまうけど
それが一さんにとっては辛い事なのだと思うと、次回からはあまり我慢はしないでおこうと深く頷いた。
「ごめんなさい、一さん。」
「いや・・・次から教えてくれるのであれば・・・。」
構わない、と恐らく続く筈だった言葉はそこで途切れてしまう。どうしたのかと彼を見れば少しはにかんだように笑い私の頬を両の手で挟む
「許さない。」
「え・・・・。」
「千鶴から、今口付けをしてくれるなら許していい。」
「え!?今!?」
「そう、今。」
「で、でも人が・・・。」
「俺は気にしない。」
私は恥ずかしいんですと言う言葉は一さんの意地悪そうな笑顔に消されてしまう。
「先程言いかけた事だが・・・。」
「は、はい?」
「習った英語で、すぐに覚えた言葉が二つある。」
「二つですか?そんなにすぐ覚えられたんですか?」
「あぁ、ひどく簡単で、良い言葉だったからな、。千鶴にも教えようと思っていた。」
「え〜?私ですか?無理ですよ!英語なんて」
さらっと言う一さんに私は盛大に慌ててしまう。日本語でさえ怪しいのに、英語だなんて絶対無理!
「大丈夫だ、簡単だから。」
「でも・・・・。」
「口付け・・・を英語でkissと言うそうだ。」
「キ・・・ス?」
「そうだ。」
尚も無理無理と首を振り続ける私に、一さんは綺麗な発音で英語を教えてくれる。
「さぁ、早く千鶴から俺に、kissをしてくれ。でないと許さない。」
一さんの瞳は白い雪を反射してキラキラ輝く。小首を傾げるように私からの・・・kissを待っている。
私は真っ赤になりながら、観念すると、首を伸ばして一さんの頬にkissをした。
すると、一さんは口を尖らすように拗ねてみせた。
「何故口にはしてくれないんだ?」
「え!く、口にですか!?」
「ああ、口にしてくれたら、もう一つ覚えた英語を教えてやろう。」
「・・・・・・。」
きっと今の私は茹でた蛸より真っ赤んだろうと思いながら、今度は軽く彼の口にkissをしてすぐに羞恥から俯いてしまう。
一さんはそんな私の顔上げさせると、愛うしそうに抱き締めて今度は彼から深いkissをくれる。
「は、一さん・・・恥ずかしいです、皆さん見てます。」
「俺は気にしないし、見られても構わない。」
「私は・・・恥ずかしいんですが・・・。」
「大丈夫だ、皆見て見ぬ振りしてくれている。」
それが!余計に恥ずかしいんだと言うセリフは、再びのkissに阻まれてしまう。
「は、一さん・・・。」
「何だ?」
何度も落とされる啄ばむようなkissの合間に、やっとの思いで言葉を発すれば、潤んだ瞳と目が合っってしまった。
こう言う時の彼の瞳は切なく細められて、憂いを帯びたような輝きにいつも私はドキドキしてしまう。
「あの・・・もう一つの言葉は?」
私の問いに、彼は思い出したように小さく頷くと私の耳元で英語を囁いてくれる。
「I love you。」
「あいらぶゆう?」
「そうだ。Iは、私。loveは愛。youは貴方。繋げると『私は貴方を愛しています』だ。」
「I・・・love、you?」
「そうだ。」
私がカタコトで今覚えた英語を伝えると、一さんは嬉しそうに笑う。
「そうしてもう一つ。『私もです』と伝えたければ『me too』これだけで十分伝わる。」
「みいとー?」
「違う、me too。だ。」
「me too?」
「そう、上手く言えている。」
「そうですか?ありがとうございます。」
me too、me tooと口の中でブツブツ呟いていると、一さんは私を抱き締める腕に力を込める。
「I love you.」
優しく、囁くように紡がれた言葉は、心からの愛の言葉。
私は照れながらも、一さんの瞳をしっかり見つめ返して、覚えたての言葉を伝える。
「me too・・・。」
くすくす笑いながら愛の言葉を囁き合う二人に街の人々の視線は暖かかった。
浴びせるようにkissの雨を降らせて満足したように一さんは私の手を取り歩き出す。
「・・・もう一つ覚えたい言葉がある。」
「もう一つですか?それも、優しい言葉なんですか?」
「そうだな・・・本当なら、この北の地に住むと決めた時に伝えなくてはいけなかった言葉だ。」
「どういう意味の言葉を覚えたいんですか?」
次はどんな言葉なんだろうと好奇心に目を輝かせる私に、一さんは唇にそっと指を当てて首を振る。
「内緒だ。覚えたら・・・一番に伝える。千鶴にしか言わない言葉だ。一生に、一度だけの。」
「私だけ?ですか?しかも一生に一度??」
「そうだ、もうすぐだから、待っていろ。」
「わ〜どんな言葉なんでしょう?凄く楽しみですね!」
何だか一さんが幸せそうに笑うから、それを見ながら私もとても楽しく
二人手を繋いで歩ける事がとても嬉しくて、ずっとこのまま、二人で歩いて生きたいと
真っ白な雪に願いを掛けた。
その願いが、翌週告げられる一さんからの言葉に叶えられる事になるとは
この時の私は、まだ知らない。

[指定ページを開く]

章一覧へ

<<重要なお知らせ>>

@peps!・Chip!!をご利用頂き、ありがとうございます。
@peps!・Chip!!は、2024年5月末をもってサービスを終了させていただきます。
詳しくは
@peps!サービス終了のお知らせ
Chip!!サービス終了のお知らせ
をご確認ください。




w友達に教えるw
[ホムペ作成][新着記事]
[編集]

無料ホームページ作成は@peps!
無料ホムペ素材も超充実ァ