短編

師は走れども弟子は動かず
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年の瀬も迫った新選組。
師走と言うだけあって平隊士は忙しく駆け回っている。
それは当然幹部も同じ筈なのだが・・・。
ここに枕を頭の下に、優雅に読書に耽る幹部が一人。その名も一番組組長沖田総司。
新選組一・二を争う剣の使い手と評判で、飄々とした軽口には誰もが騙されがちだが、その実態はようとして知れない。
そしてその沖田の唯我独尊ぶりに振り回されるのは、最近ではいつも同じ人物。
小柄な体に大きな瞳。高く結った髪は艶やかな光を放ち、暖かな笑顔で隊士を魅了する。
その人物の名は、雪村千鶴。彼女は今、非常〜〜〜に、困っていた。
「沖田さん・・・。あの・・・やり難いんですが・・・。」
「あ、そう?僕は居心地いいけど?」
「それは・・・良かったです・・・・。けど、私は大変居心地悪いんですけど・・・。」
「ふ〜ん?そう・・・。ま、頑張ってね。それ、明後日には出すからさ。」
「え!?明後日!?って全然間に合わないんですけど!?」
「それは困っちゃうなぁ。もうちょっと頑張ってよ、千鶴ちゃん。」
それなら自分でされたらどうですか!?
そんな叫びが喉まで出掛けるが、この男に文句を言っても暖簾に腕押し、糠に釘。
全く意味を為さないと知っている千鶴は、黙々と作業に移る。
だが・・・しかし。
「沖田さん、やっぱりやり難いです!って言うか・・・ちょっと、肩とか頭とか、邪魔?」
「え〜?ひどいな〜。僕は大人しく読書してるだけなのに。じゃ、もうちょっと小さくなろうかな。」
軽い口調で沖田曰く、『小さく』なったらしいのだが、千鶴にとっては更に動き難い状態になってしまった。
それと言うのも沖田が枕にしているのは、千鶴の太もも。
つまりは膝枕をされている状態で、千鶴はと言えば本来ならば沖田本人が書くべき年始の挨拶状を何十と代筆させられているのだ。
文机に向い挨拶状を書く作業中、膝の上に寝そべる沖田は非常に邪魔だった。
早く終わらせるのは退いてくれれば倍の速度になるのだが、何度言っても沖田はそこから動かない。
挨拶状の数は一向に減らず、そろそろ足も痺れて来た。
本気で退いてくれないだろうかと泣きそうになる頃、やっと沖田はぴょこんと跳ね起きる。
「ん〜。これも読み厭きたかなぁ?次の探して来ようっと。」
「ちょ・・・ちょっと沖田さん!?少しは手伝ってみようとか思いませんか!?」
「え?何で?だって僕が勝ったんだから、僕は楽していい筈でしょ?」
今回、千鶴が沖田の手伝いをするに辺り、最初からそれが決まっていた訳ではない。
言い出したのは沖田であるが、それを耳にした他の幹部も「俺も俺も」と収拾が着かなくなっていたのだ。
困った幹部達は、誰の手伝いをして貰うかを、くじ引きで決め始め、結果沖田が勝者となった。
ただ問題は、この件に関して千鶴には一切の伺いも承諾もなく決められた点であろうか・・・?
それを思えば無断で決められた事に、わざわざ応じる必要もないのだが、律儀にも手伝ってしまうのが千鶴らしい。
そうして何故か、手伝う、と言う名目は消え去り、一人黙々と挨拶状を書く羽目となったのだ。
合間に沖田の妨害を受けながら。
「沖田さん、邪魔されるんでしたらもう手伝いませんよ?ご自分でも書いて下さい!」
「でも、僕が書くより千鶴ちゃんのが綺麗で丁寧だと思うよ?」
「綺麗で丁寧でなくても自分で書こうとする意欲が大切なんです!私も手伝いますから、ね?」
「ん〜〜。判ったよ、仕方無いなぁ。その代わり、君の御願いを聞いてあげるんだから、後で僕の御願いも聞いてよね?」
それ何か違う!
激しく突っ込みたい衝動を抑えて千鶴はもう一組筆と硯を取り出した。
小さな文机に向き合って座り、二人で進める作業は珍しく沖田が大人しかったせいもあり着々と進んで行く。
「良かった。この分なら、間に合いますね、沖田さん。」
「当然でしょ?僕が手伝ってあげたんだから。感謝してね?」
だから・・・それ違う。もう突っ込む気も起きない千鶴は、最後であろう挨拶状を認め、筆を置いた。
「あ〜!疲れた〜〜!!」
「お疲れ様。よく頑張ったね?」
「本当ですよ、一年分の字を書いた気がします〜。」
「でもこれが土方さんや近藤さんなら倍だよ、倍。僕で良かったよね。そう思わない?」
確かに・・・。沖田でも十分多かったのが、局長と副長ともなれば・・・。その数想像するだけで恐ろしい。
「そう言われれば、そうですけど・・・。」
「けど君もよく頑張ってくれたから、ご褒美あげようかな?」
「え?」
千鶴が何かと聞き返す間もなく、視界がぐりんと反転した。と、言うより体毎反転していた。
「はい、ご褒美の、膝枕?」
「え・・・。ご褒美って・・・・。」
沖田の膝の上に寝転がされ、すぐ目の前にはにこにこ笑う沖田の顔が見下ろしている。
「さっきまで僕がして貰ってたから、そのお礼とね。それと、はい。」
ぽんっと口に放り込まれたのは大きな飴玉。
あまりの大きさに目を白黒させる千鶴に、沖田は楽しそうに声を上げて笑う。
「あっはは。美味しいでしょ?それ僕も好きなんだ。けど、最後の一個だったんだよね〜。」
残念そうな口ぶりの割にはそうは聞こえない声音に、千鶴の目が不思議そうに瞬く。
「ひょ・・・ひょれじゃ・・・あろれこれろおらじろろを・・・」
「千鶴ちゃん、何言ってるか判んないから、やっぱりちょっと大きかったかな?半分こしようか。」
「へ・・・?」
再び千鶴の目が瞬いた時には、沖田の舌が千鶴の口中から飴玉を取り出していた後だった。
「お・・・・沖田さんっ!?」
驚いて起き上がろうとする千鶴を押し戻しながら、沖田は大きな飴玉をガキンッと噛み砕く。
「ん・・・。」
そうして再び千鶴に覆い被さると、噛み砕いて小さくなった飴の半分を千鶴の舌に押し付けた。
「これなら、舐めやすいでしょ?僕も食べられるし、一石二鳥だね。」
それちょっと違う・・・。本日何度目か判らない突っ込みを、心の中でのみ呟きながら少し小さくなった飴玉を口の中で転がした。
「美味しい?千鶴ちゃん。」
「・・・はい、美味しいです。ありがとうございます、沖田さん。」
挨拶状の手伝いと、膝枕をして貰う事、してあげる事。飴玉を分け合う事。
一体どれが本当の目的だったのか、相変わらず読めない一番隊組長に苦笑する。
眩しそうに目を細めて千鶴の髪を梳く沖田と、髪を梳かれる心地良さに目を閉じた千鶴。
屯所内では年末の忙しさに皆が走り回る音が響く中。
そんな空気はどこ吹く風と、ゆったりまどろむ二人でした。

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