短編

月の冴える路地裏で
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爽やかな朝。
涼しい風の吹く新緑の五月。
どこまでも爽やかな筈なのに・・・。そうでない男がここに一人・・・。
「ん・・・・沖田さん・・・もう・・・」
「駄〜目、もうちょっと、ね?」
屯所の中庭。その隅で、人目を偲んで千鶴を抱き締め深い口付けを落とすのは、一番組組長沖田総司。
「でも・・・・私、まだお洗濯もお掃除も終わってないんです。だから・・・。」
「・・・仕方無いね。じゃ、続きはまた今度。」
ふっと軽く嘆息し、肩を竦めて漸く千鶴を離す。
けれど視線は千鶴に注がれたまま離れる事はない。
「あの・・・沖田さん?」
「ん?ああ、洗濯と掃除だったよね。手伝うよ。」
「ええ!?そんな!いいです、いいです!」
「何、僕に手伝われるのが嫌な訳?じゃ、誰に手伝ってもらうの?」
「誰にもそんな事してもらいませんよ。私一人でしますから・・・。」
「ふ〜〜ん?君一人で?ここの掃除とムサイ男の洗濯を?」
「え、いや・・・はい。」
「決めた、やっぱり手伝うよ。」
「駄目です駄目です!私が土方さんに叱られてしまいます!」
「平気だよ、土方さんなんて、放っておけばいいし。一人でなんてさせて、君の手がこれ以上荒れたらどうするの?」
それまで茶化すように笑っていた沖田の目が、急に細められたかと思うと、いきなり千鶴の手を取りその指先を含んでペロリと舐め上げた。
「きゃっ・・沖田さん!!」
「あっはは。君って慣れないねぇ?何回こういう事されても毎回違う反応で、本当に面白いよ。厭きない子って、好きだな。」
こうして沖田は毎回千鶴をからかってはその反応に満足そうに笑う。
初めのうちは髪に触る、耳に息を描ける程度だった行為が段々と大胆になっていき、気が付けば先程のような深い口付けも日常と化してしまった。
「もう・・・いつもいつも・・・何で、こんな事するんですか?」
「何でって、面白いから?」
ぎ・・・疑問系で返されても・・・。
飄々とした沖田の返事に脱帽する千鶴だったが、実は口ほど嫌がっていない事は、本人も沖田も知っていた。
そんな春の午後、沖田が土方にある事を提案する。
「は?千鶴を夜組の巡察に連れて行くだと?」
「そう。網道さんを捜すのはいいですけど、昼間の町を歩くだけじゃ不十分じゃないかな。
言ってみれば千鶴ちゃんは網道さんを釣る餌でしょ?
餌を一番獲物が居そうな所にぶら下げるのは狩りの常識じゃないですか。」
「そりゃそうだが、夜組の巡察に同行となりゃ、それなりに危険が伴う。おいそれと許可は出来ねぇな。」
「嫌だなぁ土方さん。僕を誰だと思ってるんですか?
新選組一番隊組長、沖田総司が同行するんだから、危険なんてある訳じゃにじゃないですか。」
尚も渋る土方を無理矢理説得し、沖田は千鶴を連れてその夜の巡察へと出掛けた。
「沖田さん、ありがとうございます。土方さんを説得して下さって。。」
「え?何の事?」
「私が父様を捜し易いように、夜の巡察にも同行出来るように土方さんを説得して下さったんでしょう?」
「・・・ああ。そう言えば、僕そんな事言ったっけ。」
「ええ!?な、何ですかぁ??それぇ・・・」
まるで他人事のように視線を泳がす沖田に、千鶴の飽きれた声が響く。
「だって僕はただ夜の京を君と歩きたかっただけだから。理由なんてどうでも良かったんだ。」
「え・・・私とって。」
「うん、夜の逢瀬もいいと思わない?屯所の中で、人を偲んでやる睦言もいいけど・・・。」
セリフの後半、沖田は千鶴を抱き寄せ耳元に囁くように呟く。
途端に真っ赤に染まる千鶴の頬。
「あはは!いいなぁ、その反応。そんな顔されちゃうと、もっと色々したくなっちゃったなぁ。」
「って、沖田さん今巡察中ですよ!?他の隊士さんもいらっしゃるのに・・・。」
「ああ、そうだった。ねぇ!僕ちょっとこっちに用事あるから、先行っててよ。何かあったら呼子鳴らしてくれる?」
後ろを歩く隊士達にそう声を掛けて、それぞれが頷くのを確認した沖田は、千鶴の腕を掴んで恐らく誰も来ないだろう路地裏へと入った。
壁にとんっと押し付けられ、何故と、問おうと開けた口に沖田のそれが重なる。
「ふ・・・・んん、沖田さん・・・。」
「しっ、黙って?聞こえちゃうよ?」
「だって・・・誰も居ない・・・。」
「ふふ、いるでしょ、ほら。おっきな顔したヤツがさ。」
唇は離さないまま、沖田が指差したのは天空に輝く白い月。
「ずっと見られてるって、興奮しない?」
屯所でされる口付けより、ずっと濃厚で激しいそれに千鶴の膝から力が抜けていく。
「沖田さ・・・もう・・・。」
「あれ?そんな良かった?腰抜けちゃったかな?」
「もう!どうしていつもこんな事するんですか?」
「どうしてって・・・知ってるくせに。じゃ、もう行こうか。あんまり待たせると迎えに戻って来そうだからね。」
唇の感覚が無くなるまで散々口付けした沖田は、満足したように路地裏から表通りへと足を向ける。
「知ってるくせにって・・・判んないですって・・・。」
は〜と大きく溜息を吐く千鶴に、沖田は急に振り返ると、路地裏から表へ戻りかけた千鶴を片手で抱き締めぺろっと唇を舐めた。
そうして不敵とも言える笑顔を浮かべて再び通りに戻って行く。
「判らないなら判らせてあげるよ。何故って、君が疑問にも思わなくなる位に、ね。」
楽しそうに、少し意地悪く口を歪めて笑う沖田は、千鶴には聞こえないような声でそう呟いた。
千鶴はその後ろを、沖田の羽織の端を掴んでゆっくり着いて行く。
何故か判らない。けれど嫌ではない。置いていかれたくはないから。
沖田がいつまでも自分に飽きなければいいと願いながら、月の冴える夜。
羽織を掴む手がそっと握られたのを、白い月が見ていた。
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