新選組保育日記

H〜左之助〜
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切腹。
それは武士として生き、武士の誇りを護る為の最期の晴れ舞台。
しかしここに、その最期の舞台を生き抜いた男がいた。

○月×日 ゆきむら ちづる
  しゃにょはおなかいたいいたい
  ぶしだから いたいいたい
  けど いきてるから またがんばる
  しゃにょは えらいね がんばったね

いつも意味不明な千鶴の日記。しかし今日は比較的理解出来る内容だった。
(だから昨日の騒ぎか・・・あの野郎・・・)
頭に浮かぶ愛しい幼子の姿に、自然と顔が綻ぶが、被害者にとってはとんでもない事態。
土方としては同情の余地なしと斬って捨てるのみだ。
前夜、宴会真っ最中。
「左之さん!いつものいっちゃって〜!!」
「よ〜っしゃ!んじゃ一発かましてやらぁ!」
酒が入り、興に乗ると始まるいつもの左之の宴会芸。
しかし今夜に限って、いつもとちょっと様子が違う。
「おめぇら!見やがれ!これが死に損ないの原田名誉の腹傷だ〜!!」
バサァっと上着を脱ぎ捨てサラシを放り投げた左之の腹にある真一文字のデカイ傷。
それを見た瞬間千鶴の顔色が変わった。
「へいちゃ、へいちゃ、あれ、あれなに。しゃにょのぽんぽん、おっきぃいたいいたいあるよ?」
「あ〜千鶴は見るの初めてか?あれは切腹って腹を切った傷痕!普通は死ぬんだけどな〜。さっすが左之さん。」
『腹を切る』『傷痕』『死ぬ』
平助が他にも何か言っているが、千鶴の耳には上記3つのみが強烈な印象を持って飛び込んできた。
そしていきなり立ち上がると、隣で静かに呑んでいた烝を問答無用で引っ張ってどこかへと走って行ってしまった。
「あれ〜〜千鶴〜〜・・・?」
それを見送った平助は、自分が落とした爆弾に気付いていない。
「千鶴君、どうしたんだ?」
広間を抜け出した千鶴は屯所内の診療室となっている部屋に直行すると、棚を引っ掻き回し始めた。
「すむ!おくちゅりだちて!おくちゅり!しゃにょいたいいたいなのよ!はいくしにゃいと、しんじゃうの!!」
「・・・原田さんが?痛い痛い?あの傷か?千鶴君、あの傷痕は・・・・。」
「すむ!!はいくはいく!!」
叫びながらも自分は包帯だのサラシだのひっくり返して室内はとんでもなく散らかって行く。
烝は明日の片付けが大変そうだなと思いながら、もはや説明する事も諦め言われた通りに薬を用意し始める。
「すむ!!ちるるさきいくね?はいくきてね?しゃにょしんじゃいやらからね?」
「判った、すぐに行く。」
適当な薬を用意しながら、烝は優しい幼子の必死な顔を見て思わず笑顔が浮かぶ自分を抑えきれない。
(参ったな・・・俺だけは自分を見失うまいと思うのに・・・飲み込まれてしまいそうだ・・・)
未だ馬鹿騒ぎが続く広間に、パシ〜ンと乾いた高い音が響く。
一瞬静まった室内を見渡すのは小さな体一杯に、包帯を抱えて襖を開けた千鶴。
「千鶴?お前、包帯抱えて何やってんだ?ってか、巻き付いてんじゃねぇか。」
左之が一番に反応して包帯だらけとなっている千鶴を抱きかかえようとする。
「しゃにょ!!ねんねして!おっきしてたらだめよ!ねんね!はいく!」
「は?え?千鶴??って、いって・・・」
問答無用で左之を座布団を重ねた即席布団にゴンッと頭を押し付けると(涙目になっている左之を見るとかなり痛かったらしい))
持ってきた包帯を腹に巻こうとくるくる回りだす。
「おいおいおいおい、千鶴よ。お前一体どうしたってんだ?俺はどこも何ともねぇぞ?」
「ありゅの!ぽんぽんいたいいたいありゅの!しゃにょ、しんじゃやら〜〜!!」
「あ・・・。」
「何だ平助、お前何か知ってんのか。」
「あ、いや。さっき、千鶴に左之さんの腹の傷の事、『普通は死ぬ傷だ』って教えたかもしんない・・・。」
「・・・なるほど。」
「しゃにょ、しゃべっちゃだめよ!すむくりゅまでがまんね?いたい?いたい?」
「あ〜・・・。千鶴が手握ってくれたら、痛くねぇかも・・・。ついでに添い寝してくれたら早く治るかも。」
「あい、おててつなぐ!いたいない?いっしょねんねしたら、いたいなくなる?」
「お〜全然全然!千鶴がいてくれりゃ、全然痛くねぇよ。」
「左之・・・お前、最悪。」
「うるせぇ。こうでもしねぇと千鶴は俺らとは一緒に寝てくんねぇだろ?土方さんベッタリで。」
「しゃにょ?いたい?しにゃにゃいで〜!!」
「あ、いてぇいてぇ!千鶴が泣いたらいてぇ!」
心配のあまり泣きそうな千鶴の様子に、慌てて再び演技を始める左之。
元は平助の説明が悪かったからとは言え、ここまで引っ張り余つ添い寝まで承諾させてしまう左之も、ある意味策士と言えよう。
「千鶴君、言われた通り薬を持って来た。」
「うわ・・・山崎君。何、それ・・・。」
「とりあえず、適当に。手ぶらでは彼女が納得しないでしょう。」
適当にとは言うが、その手にあるのは何だか髑髏でも書いて有りそうな程怪しい色と匂いを放つ薬品ばかり・・・。
「山崎?もしかしてそれ・・・。」
「千鶴君の心配する気持ちを利用して添い寝までして貰うんですから、少し位は我慢しましょう、原田さん。」
「いや・・・て、え?それ、どうすんだ!?」
「傷薬ですから、腹に塗らせて頂きます。」
「しゃにょ、すぐなおるよ、すむがなおしてくれりゅよ。」
「大丈夫だ、千鶴君。この薬を塗れば、すぐに治るからな。」
珍しい烝の満面の笑みにほっとしたように笑う千鶴と、逆に青ざめていく左之。
ずりずりと後退して逃げようとする所を新八と平助にがっちり捕まってしまう。
「左之、往生際わりぃぞ?」
「そうそう、男ならきっちりケジメつけねぇとさ!」
「お二人とも、そのまま原田さんを逃がさないで下さい。」
「って、ちょっと待て〜〜〜!!??」
「しゃにょ!がまんすりゅのよ!」
横では千鶴が必死な顔で声援を送り、後ろでは新八と平助がガッチリ肩を押さえつけ、前では烝が怪しい事この上ない薬を手ににじり寄って来る。
「止めろ!お前ら、殺す気か!?」
「大丈夫です、腹を切っても死なない人ですから。」
「何が、どう大丈夫なんだ!」
「平気平気、だってあれ薬らしいし!」
「そうそう、多分大丈夫だろ〜。」
「多分とからしいとか、お前ら怪し過ぎだろ〜〜〜〜!!」
「しゃにょ〜〜!!がんばって〜〜」
千鶴の声援と左之の絶叫の中、楽しい筈の宴会は約一名の犠牲者を出し終了した。
「で、マジであれ何の薬だった訳?」
「あれは実験薬です。漆被れ用の。」
「え・・・漆って・・・じゃあ、あれ。」
「数日間腹が被れる程度で問題は有りません。」
「って、山崎く〜ん?」
「あんなに心配する千鶴君を騙そうとしたんですから、これ位は当然です。」
「はは、は、は・・・。は〜〜」
(何か、山崎君、山南さんに似てきた?)
涼しい顔でさらりと千鶴に代わって報復行為をお見舞いした山崎。
自業自得とは言え、左之に同情を禁じえない平助だったが、巻き込まれないように左之から距離を取ったのは、本能の成せる技と言えよう。

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