新選組保育日記

B〜好き嫌い〜
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新選組に兼ねてよりある不文律
それは『己の飯は己で守れ』
この不文律が、最近崩れつつある飯時・・・。


『 ○月×日  ゆきむら ちづる

  きょうもあれがごはんにはいってた
  ちるるはきらいなのに、みんなたべろていう
  たべないとおおきくならないよていう
  ちるるはおおきくならなくっていい    』

土方は、今日もこっそり千鶴の日記を盗み読む。
最近の千鶴を見ていると、内容は判るが納得はいかない。
難しい顔で考え込む土方の元へ、平助が声を掛けてくる。
「土方さん、飯だってよ。千鶴は左之さんが連れてったから行こうぜ。」
「ああ、今行く。」
さて、今日の飯には『あれ』が入っているか否か?半ば賭けのような気持ちで広間に向かう。
広間につくと、その空間だけが暗く淀んで見えたのは気のせいか・・・。
輪の中心に座った千鶴が泣きそうな目で土方を見上げてきた。
「としちゃ・・・。」
「あ〜・・・。」
ちらりと並ぶ料理を見れば、入っている。嫌がらせのように全品に入っている。橙色に輝く、『あれ』が・・・。
「千鶴、そんっなに、嫌いか。」
「きやい、にがいのやっ。」
ぷんっと涙目のまま拗ねてしまう千鶴を、皆困ったように見守る。
「そんな苦いかねぇ?旨いと思うけどなぁ?」
千鶴の皿からひょいっとそれを摘んで新八が自分の胃袋に収めると、全員から一斉に拳が飛んできた。
「新八さん食っちまったら駄目じゃ〜ん。」
「少しは食べる努力をさせねば・・・。」
「だな、好き嫌いはよくねぇ。」
「いいじゃない?食べなくっても別に、嫌いなんだから。」
そうはいかないだろう!?と、他人事のように箸を進める総司にまで突っ込みが入る始末。
「千鶴、好き嫌いばっかしてっと、でっかくなれねぇぞ?」
「あっ!馬鹿、左之助!」
「ちるる・・・おおきくなりたくないも・・・。」
「いっ!?」
日記を読んでいた土方が、逆効果な説得をする左之を止めるが既に遅し、千鶴は泣きながら飛び出してしまった。
「あ・・・あ〜あ・・・。」
「左之助・・・」
「何でだ!?俺何か悪い事言ったか!?」
「い〜や、お前の言った事は正しい。けど、千鶴はこいつを食べなきゃでかくなれんのなら、大きくならなくていいんだとよ。」
「はぁ〜?そんなに嫌いな訳か。」
「そう言うことだ。」
「ふ〜ん・・・。ねぇ土方さん、今日一日千鶴ちゃんを僕に貸してくれない?」
「総司?」
「大丈夫だって、近所のお寺で一緒に遊ぶだけだから。」
「そりゃ、構わねぇが・・・。」
「じゃ、ちょっとお姫様を探してくる。」
ひらひら手を振る総司を、皆が不安気に見送るが、当の総司はすぐに千鶴を見つけると、目線を合わせて遊びに誘った。
「今日はさ、僕と遊びに行こ?」
「そうじ、めっしない?」
「しないよ、あんなの食べられなくたっていいじゃない。だって嫌いなんでしょ?」
「あい、きやい・・・。」
「うん、嫌いなの無理して食べる事ないよ〜。じゃあ、遊び行こっか。」
好き嫌いをしてしまう自分が悪いと判っているのに、全く怒らない総司を不思議に思いながらも、千鶴は総司と手を繋ぎ近所の寺へとやってきた。
そこはいつも総司が近所の子供と遊ぶ場所。今日も大勢の子供達が遊んでいる。
「総司兄ちゃん、その子誰〜?」
「千鶴ちゃん、仲良くしたげてね。」
「は〜い、千鶴ちゃん遊ぼう!?」
「あい!」
最初はオドオドと総司にくっついていた千鶴だが、自分より少し大きい年頃ばかりに囲まれてすぐに打ち解け遊び出す。
総司は比較的年長の少女を捕まえると、何事か耳打ちし、少女は大きく頷いて駆けて行った。
「千鶴ちゃん!見て?綺麗でしょ?」
「ふわ〜〜おはなのかんむりでしゅ!きえぃ〜〜」
「ふふ、これ千鶴ちゃんにあげるよ。」
「ほんと!?ありあと〜。そうじ、こえ〜〜もらった〜〜。」
千鶴は貰ったばかりの花冠を、嬉しそうに総司に見せに走ってくる。
「本当だ、綺麗だね。千鶴ちゃん嬉しい?」
「あい、うれしいでしゅ!」
「そっか、じゃあお花もきっと嬉しいね。千鶴ちゃんが喜んでくれたから、もし枯れちゃっても嬉しいね。」
「・・・かれちゃう?」
「そうだよ、お花はね、摘んじゃうと枯れちゃうんだよ。でも、皆に綺麗だねって笑って喜んで貰えたら幸せだよね。」
「ちるる、わらったらおはなしあわしぇ?」
「うん、でも、千鶴ちゃんの嫌いな『人参』さんは、幸せじゃなかったかも。」
「どして?」
「だって、人参さんも大根さんも、お肉もお魚も、料理されたら食べてもらうのが幸せなんだからさ。
食べてもらえなかったら、ただ死んじゃうだけじゃない。そういうのって、きっと悲しいね?」
「・・・ちるるがたべなかったにんじんさん、しんじゃった?」
「うん。でも、もし食べて貰えてたら、死んじゃっても幸せだったのにね。」
「・・・。」
総司の言葉に顔を曇らせ、真剣に考え込む千鶴は、総司に抱きかかえられて屯所に戻っても終始無言だった。
「おい、総司。千鶴の奴どうしたんだよ?」
「ん?どうもしないよ?元気に遊んで疲れちゃったんじゃない?」
しかし疲れたというより明らかに元気が無い。そんな千鶴を心配しながらも、再び恐怖の夕飯の時間・・・。
(また、入ってるし〜!!今日の料理番誰だよ!?俺らに喧嘩売ってんのか!?)
更に盛り付けられた橙色の人参。可愛く花の形はしているモノの、千鶴が嫌いな人参であるのは一目瞭然。
また今朝のように千鶴が癇癪を起こすと思った一同は、ごくりと喉を鳴らして、身構える。
「はい、千鶴ちゃん、あ〜ん。」
「って、総司!?」
総司一人、花人参を千鶴の口元へと持っていく。
「何やってんだよ!?食う訳ないじゃん!」
「うるさいよ、平助。大丈夫だから、見ててよね。」
土方も思わず身を乗り出し千鶴を見守る中、千鶴は顔を顰めながら、それでも口を開けて・・・。
「あうっ!」
(食った!!??)
千鶴は涙目になりながらも花人参を一口食べたのだ!
「偉い偉い、今日のは少し甘く煮て貰ったから、そんなに苦くないでしょ?」
「あい。」
「もっと食べれる?」
「あい!ちるる、ぜんぶたべゆ。」
皆が驚く中で、こっくり頷く千鶴に、総司だけは平然と次の人参を食べさせている。
「・・・すげぇ。完食だぜ。」
「総司、どうやったんだ?」
「僕は何もしてないですよ、土方さん。敢えて言うなら・・・千鶴ちゃんは凄く優しくて、いい子ってだけです。
それより、保護者としては何かする事があるんじゃないですか?」
総司に促された土方は、もぐもぐ人参を嚥下する千鶴の元へしゃがみこむと、わしわしと頭を撫でてやる。
「よく頑張った。偉かったぞ。」
「ちるる、えらい?」
「ああ、えらい。」
「にんじんしゃん、かわいそない?」
「・・・は?」
「にんじんしゃん、ちるる、のこしたらかわいそ。ぜんぶたべたから、かわいそ、ない?」
「あ〜・・・。」
千鶴の言葉に何となく何故人参を食べるようになったか理解した一同。
いつも一生懸命で、何にでも優しく出来る千鶴を見る皆の目も、この上なく優しいモノだった。
「ああ、お前が食ってくれたから、可哀想じゃねぇよ。」
「えへへ?」
「頑張ったな。」
「偉かったぞ。」
「明日も頑張ろうな?」
口々に千鶴を褒め称える面々。その中心で、千鶴は一口も残さないよう必死で口を動かすのだった。

後日
「こら〜〜〜へいちゃ〜〜!!」
「ちょっ・・・!勘弁してって千鶴!!」
「らめ!おやしゃいかわいそ!のこしちゃ、としちゃがめっしゅるの!」
「平助、てめぇ・・・千鶴が食ったのに自分は残す気か?」
「それはやっちゃならねぇだろう?」
「諦めて食え。」
「平助のがお兄ちゃんなんだから、やっぱり見本見せなくちゃね?」
「お、お前ら〜〜!!自分は嫌いなもんないからって!!他人事かよ!?」
「「「「当然!!」」」」
ひ、ひで〜〜!と、涙目になる平助の嫌いなモノは春菊。
千鶴ですら苦手な人参を克服したのだ。
幹部である平助に好き嫌いが許される訳はない。
「くっそ〜〜!!お前ら!覚えてろよ!!」
「はい、へいちゃ、あ〜ん?」
可愛い千鶴にあ〜んをされて渋々口を開ける平助は、真剣に泣きそうだった。
そしてその後、新選組内で好き嫌いを訴える者は、いなくなったと言うお話。
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