短編集

はぁと伝えて
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京の端に位置する壬生のそのまた端にある八木邸。
そこは壬生狼と呼ばれる京都守護職を預かる新選組の屯所。
隊規は厳しく鬼と呼ばれる副長の元、日々京の治安を平定する為奔走する隊士達。
そんな屯所に、最近身を置くようになった雪村千鶴と言う少年。
実はこの少年、諸事情により男装してはいるがまだ幼い少女である。
殺伐とした男所帯に突如として現れた可憐な少女。
その純朴でたおやかな姿に幹部達は揃って花を愛でるが如く寵愛振り・・・。
「千鶴〜?朝から何やってんだ?」
朝早くから台所でゴソゴソやっている千鶴の元へ幹部の一人、永倉が訪れた。
「おはようございます、永倉さん。今日は西洋のバレンタインと言う行事なんですって。
チョコレイトと言うお菓子をお世話になった方に差し上げるらしいので、今作ってるんですよ。」
「へ〜、バレンタイン!んで、そのちょこれいと、とやらは俺も当然頂けるんだよな?」
「勿論です!ちょうど出来上がったので、これどうぞ!いつもありがとうございます!」
「ありがとな!変わった形してんなぁ?」
「はい、はあと型と言うらしいです。心を表しているらしいですよ。」
「へぇ?んじゃま、ありがたく頂くぜ!」
小さなはあと型のちょこれいとを、永倉はパクリと一口で食べてしまうと、旨い!と嬉しそうに笑う。
それを見た千鶴は他の幹部へも配る為に台所を後にした。
「千鶴?どうした?大荷物抱えて。」
「原田さん!良かった、お探ししてたんです!え〜と・・・これ!どうぞ!」
「んぁ?こりゃ何だ?随分甘そうな匂いさせてんなぁ?」
「原田さんは甘い物はお好きじゃないのは知ってるんですが、今日はバレンタインなので・・・。」
「バレンタイン?」
「はい!お世話になった方々へ、このちょこれいとと言うお菓子を差し上げる日なんですって。」
「へ〜。バテレンさんは変わった事するもんだなぁ?けど、ありがたく頂くな?」
すぐに食べてしまった永倉と違い、原田はちょこれいとを受け取ると、くしゃりと千鶴の頭を一撫でして行った。
千鶴も満足そうに微笑みながら次の幹部を探していると、ちょうど土方の所へ向かう斎藤の姿を見掛ける。
「斎藤さん、土方さんの所へ行かれるんですか?」
「千鶴か。そうだ、お前もか?」
「はい。ご一緒していいですか?」
軽く頷く斎藤と供に土方の元を訪れると、近藤と山南に井上も揃っている。
「皆さんお疲れ様です。今日はバレンタインと言って、日頃お世話になっている方へ感謝を伝える西洋の行事だそうです。
これはお礼に贈るチョコレイトと言うお菓子です。よろしければ受け取って下さい。」
一人一人に礼を述べながら渡されたチョコレイトを物珍しげに眺める近藤と井上。
訝しげに睨み付けるのは土方と山南。変わらぬ表情のまま受け取ったのは斎藤。
「甘い匂いがするな!これは甘いのかね?千鶴君。」
「はい、とても甘いお菓子です。私も食べてみましたが、口の中で溶けて美味しかったですよ。」
「溶けるのですか?飴とはまた違うのですね。」
「飴より柔らかいです。すぐに溶けてしまうので。」
「随分黒いがこう言うモンなのか?お前が焦がした訳じゃなく?」
「ちがっ・・・違います!それはそういう色なんです!!」
「・・・かなり甘いですが、なかなか美味です。」
「ほぉ?んじゃま、貰ってやるよ。お前もマメだな。」
「世話になっているのはこちらだと言うのに、申し訳ないな!」
「本当だねぇ。ありがとう、後で頂くよ。」
「西洋のお菓子とは興味深いですね。じっくり味わわせて頂きます。」
それぞれに丁寧に礼を述べられ、若干照れながら千鶴はその場を後にした。
「残るのは・・・。」

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