短編集

鷹と油揚げ
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「行くなよ!そんなヤツのとこなんか!」
「へ・・すけ・・・君?どうしたの?」
私の腕を掴んで、必死に止める目は凄く真剣で、今まで見た事のない色をしてた。
私は平助君の勢いにかなり驚いて、目を瞬くばかり。
「男装してるお前に、そんな文送ってくるなんか、変なヤツだったらどうすんだよ!?」
「平助君、どうしたの?」
「どうもしてねぇよ!けど、何か、嫌なんだ。千鶴が、他のヤツんとこ行くのかと思ったら、すっげ〜嫌で仕方無かった。
でもどうするかなんて、千鶴が決める事だし、俺が口出し出来る事じゃねぇし・・・。
そしたら、ここんとこがモヤモヤして、イライラして、気が付いたら、来てた・・・。」
胸の辺りを着物に皺がいく位ぎゅっと握って、平助君は苦しそうに言葉を紡いでいく。
私は、何も言えずにただそんな彼を見つめて、にっこりと微笑んだ。
「馬鹿な平助君。」
「っな!何だよそれ!そりゃ・・・馬鹿なのは・・・判ってっけど・・・。」
「馬鹿だよ・・・ホントに。」
私は平助君の手を自分の胸の前でそっと両手で包み込んだ。そうして、その手に祈るように囁くように彼が安心する言葉を伝えてあげる。
「大丈夫だよ、私の好きな人は・・・今から会う人じゃないから。今日は、本当に断るだけに来たの。」
私の言葉を聞いた平助君は、驚いたように目を見開いて、もう片方の手を私の手に添える。
「マジで?断ってくれんのか?その・・・俺に悪いとかじゃなくって?」
「違うよ、だって、やっぱり一番好きな人じゃなきゃ、駄目だから・・・私の一番好きな人は・・・。」
「好きな、人は?」
平助君が息を飲むのが判ったけれど、私はその先は言わない。だって、やっぱりこういう文で言葉にして伝えてもらうのは嬉しかったから
自分の好きな人にも、言葉でちゃんと伝えて欲しいと思った。ちょっと意地悪かもしれないけれど・・・。
「・・・内緒!」
にこっと笑って平助君の手を離すと、私は待ち合わせの場所まで駆けて行く。
「なぁ!待ってていいか!?」
後ろで声を上げる平助君に、笑顔で手を振ると、平助君も嬉しそうに手を振り返してくれる。
私は後ろめたさで後退りしそうだった心に、平助君の笑顔で元気を貰ってその場所へ辿り着く。
昨日文をくれた人は既にその場で待っていてくれた。
あんまり憶えてなかったけど、よく見れば端整な顔立ちで、すらっと伸びた背筋は均整の取れた体躯の美丈夫だった。
「来てくださって、ありがとうございます。」
「いいえ、あの、それで・・・文のお返事なんですが・・・。」
私がその言葉を口にしようとすると、彼は手を上げてそれを制した。
「結構ですよ、待っている方が・・・いらっしゃるのでしょう?」
「え・・・?」
「すみません・・・実は、さっきまでこの少し先でお待ちしていたんです。
居ても立っても居られずに・・・。そこで、聞いてしまいましたので。」
照れたように頭を掻きながら苦笑するその人は、少し悲しそうに、けれど吹っ切れたように笑って手を差し伸べてくれた。
「けれど、来て下さって嬉しかった。てっきり無視されると思っていましたから。ありがとうございます。」
「いいえ!そんな・・・私の方こそ、ありがとうございます。
その・・・嬉しかったのは、本当なんです。初めてでしたので。」
「そうでしたか。では、これからは先ほどの彼に、沢山頂けるといいですね。」
にっこり笑って、頑張って下さいねと、握手を交わしその人は去って行った。
とても素敵な人だけど、もし今好きな人がいなければ、想い合うようになったかもしれないけれど・・・。
私は彼の後姿を少しだけ名残惜しく見送ると、平助君の待つ場所へと踵を返す。
彼は、切り株に座り込んで俯いたまま、何かを思うように溜息を吐いては空を仰ぎ、また溜息を吐いては地面を睨み付けていた。
そんな動きを繰り返す彼を、私は擽ったい思いでその場に立ったまま見ていた。
すると、空を見上げた彼はふっとこちらを向いて私に気付く。
「うぉっ!千鶴!?お前、いつからそこに・・・・。」
「うん、さっき来たとこだよ。」
平助君に歩み寄りながら、私は小さな嘘を吐く。きっと、さっきみたいな姿は私には見られたくなかったんじゃないかと思ったから。
「そっか・・・。んで、相手の男は?」
「帰ったよ。結構、うん、かなり素敵な人だった。」
「え!?・・・う・・・」
「うん、でも断ったから。帰ろ?」
「あ、おお。」
平助君はそれきり何も言わずに私の隣で歩き出す。
私は何も言わないし、平助君も何も言わない。
無言のまま屯所の近くまで着くと、平助君は思い立ったように顔を上げる。
「千鶴!」
「はい?」
「あの・・さ、あのな?」
「うん、何?」
「その・・・・。俺さ・・・。」
平助君がその先を言おうと口を開いた時
「千鶴〜〜〜!!」
大きな声で私を呼ぶ人の声。視線を移せば屯所からワラワラと幹部の方々が零れ出てくる。
「げ・・・。」
平助君は咄嗟に嫌そうな顔で口を歪め、永倉さんに体当たりをされている。
「平助〜〜〜!てめぇ!一人抜け駆けか〜!?」
「ちょ〜〜違うって!新八さん!重てぇよ!!」
「おかえり、千鶴ちゃん、どうだった?」
「何もされはしなかったか?」
「無事に帰ったみてぇだな。」
「意外に早かったな、もっと手古摺るかと思ったぜ。」
皆さん十人十色の声を掛けてくださるけれど、私は昨日みたいに慌てたりせずに、落ち着いて答える事が出来た。
「はい、何ともありませんでしたよ、ご心配お掛けしました。」
「それで!返事は!?相手はどんな男だった!!?」
「新八、落ち着け。」
「でも気になるよね、早く教えてよ。」
「いい男だったか?」
「って言うかてめぇら屯所の前で騒ぐな!中に入れ!」
私は皆さんを見渡して、くすくす笑いながら今日の結果を報告する。
「相手の方はとても素敵な方でしたよ。端整な顔立ちで、すらっとした背の高い方でした。お声も低いけれどよく通る声で。」
「へぇ?で?千鶴ちゃんも一目惚れしちゃったとか?」
沖田さんが意地悪く聞いてくるけど、私はもっと意地悪な顔で皆さんの間をすり抜けると、くるっと振り向いて笑った。
「いいえ?だって、私の周りには、こんな素敵な方がたくさんいらっしゃるんですから!他の人なんか、目に入りませんよ。」
私がそう言うと、皆さんは顔を見合わせて目を瞬くと、がしっと私の肩を抱き締める。
「あったりめぇだよな!俺達以上の男がそうそういるかってんだ!」
「千鶴ちゃんも、なかなか目が利くようになってきたね?」
「少々趣味が悪い者もいるがな。」
「だ〜〜!!おめぇらはとっとと隊務に戻れ!!」
「そういう土方さんも、仕事に戻れって・・・。」
最後に呆れたように肩を竦めた原田さんが、一番後ろを歩いてる平助君を振り返る。
「平助、何やってんだ。早くしねぇと、隊内の鳶にまで油揚げ攫われるぞ?」
にやりと平助君に笑い掛ける原田さん。
「え・・・!?」
驚いて顔を上げる平助君に、尚も原田さんはからかうように肩を抱いて何事か呟いていた。
それが何かは、私からは聞こえなかったけれど、大きく目を見開いて、
私と原田さんを見比べる平助君と、綺麗に片目を瞑って流し目を送ってくる原田さんは本当に楽しそうに口だけで私に言ってくる。
(男は焦らしてなんぼだぜ?)
私はそれを聞き取って、笑いが止まらなかった。
私の好きな人。
それはとても不器用で、少し幼さを残した笑顔の素敵なあの人。
そう遠くない内に、きっとあの人から文を貰えるんじゃないかと私は思う。
後ろの方で、困ったように首を傾げるあの人を見ながら、私は絶対自分からは言わない事を固く誓ったのだった。



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