短編集

師は走れど弟子は歌う
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師走も中旬を過ぎたこの季節。
誰であろうと忙しく時を過ごしている筈の夕刻。
優雅に鼻歌を歌う青年が一人。
「ふっふふ〜ふっふふ〜ん♪
ふふふふふふ〜ふ〜ふっふっふふ〜ん♪」
機嫌良さそうに歌う鼻歌と、筆を持つ手はすべらかに何事か書き付けている。
しかし、その横ではピクピクこめかみを引き攣らせる少女。
雪村千鶴がバンッと筆を文机に置いた。
「うぉっ!?どした千鶴??」
「へ〜すけく〜ん??」
「な・・・ナンデスカ・・・千鶴サン・・・。」
「今!私は何をやってると思う?」
「・・・年賀状書き・・・。」
「そ・れ・は!誰の・年賀状、かな?」
腰に手を当て平助を見下ろす千鶴は、明らかに怒っている。
「僕の年賀状デス。」
そして平助は千鶴の前に正座して小さくなっている。
「そ〜だよね?私は平助君の年賀状を書いてるんだよね?
量が多いから手伝ってって言ったのは平助君だもんね?
でも気のせいかな!さっきから隣から鼻歌しか聞こえないんだけど?」
その鼻歌がなかなか巧い事実がまた腹が立つらしい千鶴。
「う・・・ご、ごめん・・。」
「しかも!これ!これな〜に!?一生懸命書いてるかと思えば、何、この下手くそなへのへのもへじ!」
「へ、下手って言うなよ!へのへのもへじに上手い下手なんてあんのかよ!?」
「どっから見てもブサイクなへのへのもへじさんでしょ!どうせならもっと格好いいの描いてあげてよ!」
「そんなもん誰がどう描いたって一緒じゃんか!」
既に論点が違っているのだが、それに気付かず何故かへのへのもへじさんについて熱い論戦が繰り広げられ
一通りお互い意見を言い終わった後、千鶴が先に現実に気付く。
「って違うよ!早く年賀状書いちゃおうよ!終わらないよ?」
「あ、そうだった!」
慌てて元の作業に戻る二人だが、やっぱり平助の鼻歌は続くらしい。
(何の歌だろ?)
巧い事は判るが何の歌か判らない。疑問に思いつつ筆を進める千鶴と、途中息抜きと称してへのへのもへじも描く平助。
これでどうやったのか、深夜遅くには目標数の年賀状は書き終えていた。
「いや〜〜何っとか!目処付きそうだな〜。」
「平助君が途中で落書きしてなきゃもっと早く終わったんだけどね。」
にっこり笑う千鶴の怒りがまだ解けてないと察した平助は、慌てて辺りを見回し机に放ってあったそれを見つけた。
「だってさぁ、俺が書くより千鶴のが綺麗に書けんじゃん?」
「そんな事ないと思うよ?平助君だって・・・。」
お互いの書いた年賀状を覗き込みながら話す千鶴の口に、ぽんっと先程見つけたそれを放り込むと、自分の口にも同じ物を入れた。
「ひゃぅ!?び・・・びっくりした・・・これ・・・飴?」
「うん、昼間近藤さんがくれたんだった〜。これで機嫌直せよ、な?」
「・・・も〜〜。」
元々本気で怒ってた訳でもない上に、にっこり邪気のない笑顔を向けられて怒った振りなど続けられる訳もない。
「仕方無いなぁ!美味しいから、許してあげるよ。これ、何味かな?蜜柑味かな。」
「え?違うだろ?桃ぽいぜ?」
「うっそ〜蜜柑だよ!」
「桃だって!」
「蜜柑!」
「桃!」
それぞれ譲らず睨みあう二人。しかし額を付き合わせる内に思いきり噴出してしまう。
「ぷっ・・あははは!」
「何言ってんだろなぁ、俺達!」
「本当だよね〜。でも、何の味なんだろうね??」
「ん〜〜?千鶴!」
「え?」
いきなり呼ばれて顔を上げるのと、ぐいっと頭を引き寄せられたのは同時。
そして気が付けば平助の口と自分の口が重なり合っていた。
「ん・・・んん!?」
「ん・・・・ぷはっ!」
息が止まりそうに深い口付けかと思いきや、平助が舌を使って弄っていたのはどうやら飴玉。
今はお互いの食べていた飴玉が入れ替わり、もごもごと味わう平助に、千鶴は真っ赤になって口をパクパクさせている。
「あ・・・これ、俺のと味違う。」
「え?・・・あ、ホントだ。・・・桃ぽいね・・・。」
「うん・・・蜜柑ぽいな。」
結局それぞれ別の味だったと判明して、再び笑い合う二人。
「それにしても・・・平助君・・・。」
「ん?」
「さっきの鼻歌といい・・・口付けといい・・・何か・・・上手・・・・だね。」
「ん〜〜??もしかして・・・感じちゃったとか!?」
あっけらかんと恥かしい事を口にする平助に、千鶴は再び真っ赤になって怒り出す。
「もう!平助君の馬鹿ぁ!!」
「あはははは!わりぃわりぃ!だってお前可愛い顔して可愛い事言うからさ、つい。ごめんな?」
ぐいっと首を抱き締めらて耳元で謝られては、結局怒り続けられない。
「もう・・・いいよ・・・。」
「うん・・・。ありがとな、千鶴?」
「ん?」
少し傾けられた平助の顔。僅かに伏せられた瞳と睫毛が近付いて来るのを見詰めながら、千鶴は内心溜息を吐く。
(何だかんだ言って・・・平助君の笑顔には弱いんだよね、私・・・。)
二つの影が一つに重なり合った深夜。
結局平助の鼻歌は何の曲だったんだろうと首を傾げながら、至福の時間にその考えを止めざるを得なかった千鶴なのでした。




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