Moments〜君と見る夢〜

第伍章〜刻まれた痛み〜
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第伍章〜刻まれた痛み〜



〜鳥のように羽ばたけるなら
君の元へ飛んでいくでしょう
そして傷を負ったその背に
僕の羽を差し出すでしょう〜




それからの千鶴は、誰が見ても判り過ぎる程憔悴していった。
大丈夫かと問われれば、大丈夫と笑う。
人目がある場所では、勤めて明るく振舞い、不自然な程はしゃいで見せる。
なのに、一人になり人目が無くなれば、ひっそりと声を殺して泣くのだ。
皆それに気付いていながら、それでも何かに耐えるように笑う千鶴に、誰も何も言えないでいた。
そんな時だったからこそ、将軍家茂公が上洛された際の護衛に、千鶴も参加しないかと近藤は声を掛けた。
「どうだね、千鶴君。」
「とは言っても、おめぇは伝令や使いっ走りだからな。コキ使ってやるから覚悟して来いよ。」
朗らかに誘う近藤と、ニヤリといつものように笑う土方。千鶴も自分が皆に心配を掛けている事をよく判っていたので
殊更護衛軍に同行出来る事を喜んで見せた。
「ありがとうございます。ご迷惑にならないように、頑張ります!」
それが彼女なりの精一杯の強がりであると判っていても、その笑顔に少なからず安心する一同。それは山崎も同じ事だった。
この時は、少なくとも、そう思っていた。

長州征伐の上奏の為に上洛された京都御所での将軍護衛の任は、さすがに厳重な警戒の元に敷かれ、長州派閥が強襲してくる事もなかった。
だが、それが油断であったのだ。
特に問題もない警護の中、千鶴を一人にしてしまった。
その一瞬の隙を突いて、奴らは訪れた。人でない存在。
”鬼”と名乗る三人の男達。
ヤツらを見るのは実は初めてではなかった。
池田屋で、蛤御門で、二度に渡り新選組幹部と互角に、もしかすればそれ以上に渡り合ってきた自らを鬼と名乗る男達。
現在将軍が滞在するこの御所に、その目的は将軍でも新選組でもなく、ただ一つ。
雪村千鶴。彼女を連れ去る事だけだと、首領らしき金の髪の男が言う。
「こんな色気のねぇ場所で逢引なんざ、趣味悪いんじゃねぇの?」
「こんなガキに、一体何のようだ?」
原田さんと副長が、緊張を漲らせながら、軽口を叩き、その背で俺に語りかける
『千鶴をここから逃がせ』
集まった幹部は一様にその為に陣を立て、俺はその命令を遂行する為、千鶴君の元へと駆け寄る。
「雪村君!」
「・・・!山崎さん!?」
「しっ静かに!すぐにこの場から離れるんだ。君がいては、副長達も思うように剣を振るえない。」
「でも・・・。」
千鶴君は迷うように躊躇する。その迷いは山崎にも理解は出来た。恐らく狙いは自分だけである事。
それを阻む為に、副長達が命を賭けている事。
それなのにその副長達に背を向け逃げようとする自分。
「私・・・山崎さん、私逃げれません。だって、風間と名乗るあの人の目的は私なんですよ!?
なのに、土方さん達だけ危険な目に合わせて、自分だけ安全な所へ逃げるなんて・・・!」
案の定、彼女は俺の危惧したままの台詞で首を振る。
守られるだけでは嫌だと、何よりも、仲間ですらないと思っている自分の為に皆が傷つくのが耐え難いのだろう。
しかし今、ここに留まる事は、逃げる事より副長達を危険に晒すと言う事実に、彼女は気付いていない。
「君は自分が何を言っているか判っているのか!?自分を貫くのは悪い事ではない。
君自身の信念がそうさせるのだろう。
しかしそれは俺とて同じ事だ!土方副長の命を遂行する。それが俺にとって己を貫くと言う事!
だいたい・・・君がここに残る事自体が足手まといになると、何故判らない!!」
ここまで言わなくとも、きっと彼女は俺の言葉に従っただろう。
だが俺は敢えてキツイ言葉を彼女へと向けた。
自分が護られるだけの存在になるのは嫌だと、彼女が願っているのを知っていた。
だからこそ、護られるしか出来ない無力な彼女の立場を判らせておきたかった。
二度と、彼女をあんな目に合わせない為にも!
俺が投げ付けた言葉に、彼女は目を見開いた刹那、傷付いたように顔を歪めた。
泣くのかと思った。
けれど彼女は涙は見せなかった。
決然と顔を上げ、深く頷いた。
しかしその決意は数瞬遅かったようだ。
「へいへい、お姫様は残るって言ってんだろ?邪魔してんじゃねぇよ!」
黒髪の銀の銃を構えた不知火と言う男に見咎められる。
咄嗟に彼女を背に庇い、刃を構える。
だが、それより早く原田さんの槍が一閃し、不知火の額へと突きつけられた。
その頃になって、漸く騒ぎを聞きつけたらしい会津藩士達の集まる気配がし、天霧と言う鬼が風間へと声を掛けた。
「これ以上ここにいて、興に乗り過ぎ騒ぎになるのはお互い避けたい事態ではないですか。」
「いいだろう。こいつはいつでも手に入る。
・・・いずれ迎えに来る。それまでは、せいぜいこの犬共に守ってもらえ。」
風間はそう千鶴に言い捨てて闇に消える。
残された土方達は何とも言えぬ渋い顔で地面を睨みつけていたが、やがて大きく息を吐き出すと千鶴に向き合い問い質し始める。
「千鶴、今の奴らは何者だ?何の目的でお前に固執するんだ。」
「・・・何故と聞かれても・・・・私が聞きたい位です。」
本当は、私には薄々判っていた。
自らを"鬼”と名乗った男達。常人に比べ異常に傷の治りの早い自分。
そんな自分を”同胞”と呼ぶ彼等と、自分は恐らく同種の・・・。
そんな私の思考を断ち切るように、土方さんは声を張りあげる。
「てめぇら!もう一度周囲の警護を強化しろ!さっきみてぇな奴らを二度と近付けるんじゃねぇ!」
腕を振り上げ、皆に指示を飛ばしながら、土方さんは私を振り返って眉を顰める。
「お前は屯所へ戻ってろ。山崎君!こいつを屯所へ送ってやってくれ!それで、そのまま護衛を頼む。」
「はい。副長。行くぞ、雪村君。君が此処に居て出来る事は何もない。」
私は山崎さんに促されるまま、深夜の道を屯所へと歩く。
山崎さんはもっと急いで戻りたいみたいだったけど、私は走る気力もなかったから、
ゆっくりと踏みしめるよう歩きながら、今の自分の気持ちを言葉にしていく。
「・・・どうして、守ってくれるんですか?」
「聞いていなかったのか。副長から命じられたからだ。」
「そう・・・ですよね、土方さんの命令でもなければ、私なんかの護衛はしませんよね。」
自嘲気味に笑う私に、山崎さんの双眸が顰められる。

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