Moments〜君と見る夢〜

第壱拾章〜絶望の果て〜
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第壱拾章〜絶望の果て〜

〜君がもうこれ以上
二度と怖いモノを
見なくて済むのなら
僕は何にでもなろう〜


慶応四年一月
昨年末、薩摩藩による江戸城下への火付けや強盗等に江戸の町は大混乱に陥っていた。
これは薩摩藩の旧幕臣への明らかな挑発であった。しかし息巻いた幕臣達は、十二月二十四日朝、薩摩藩邸を攻撃、まんまと挑発に乗ってしまう形となる。
そこからは武力衝突へと急激に向かっていき、大阪、淀に着陣した軍は鳥羽伏見両街道から京都へと進軍。
鳥羽伏見の戦い開戦となった。
一方、伏見奉行所に陣を置く新選組は、怪我の治療の為戦列を離れた近藤に代わり、土方が指揮を執り、戦端が開かれていた。

「ちっくしょ〜〜!!」
「落ち着け新八。」
「これが落ち着いてられっかよ!あいつら!銃や大砲でばかり応戦しやがって、剣での戦いなら負けねぇのに!」
悔しそうな永倉の台詞に、一同も頷くしかない。
薩摩藩は奉行所を見下ろす龍雲寺に陣を張り、銃と大砲による攻撃を昼夜問わず続けていた。
「土方さんよ、このままじゃ埒が明かねぇ。ここは俺達二番組が本陣に切り込んで、血路を開いてやるよ。」
「新八、お前今の現状での死番がどれだけ危険か判ってんのか?」
「判ってるって!俺達二番組は、命知らずな馬鹿の集まりだから。こういう時こそ出番だろう?」
「新八・・・。」
「んじゃ、ちょっと行ってくら〜。」
永倉は、ひらひらと手を振り二番組を引き連れて死地へと向かった。
「・・・俺達は二番組の援護、それと別口から龍雲寺へ奇襲を掛けるぞ。夜ならヤツラも銃での狙いが定め難いだろうからな。」
「そうこなくっちゃな!おい!野郎共、二番組にだけいい格好させてんじゃねぇぞ!」
おお〜〜!と高らかな雄叫びと共に、原田達も出陣していく。
「源さん、山崎君。わりぃが留守を頼む。」
「ああ、任せてくれ、土方君。武運を祈ってるよ。」
「副長、お気を付けて。」
二人に見送られ、土方も出陣してく行くと、途端に奉行所内は人気が少なくなり静かになる。
外では相変わらず銃声が響くモノの、中にまでは届かない。
「千鶴君、君はなるべく山崎君の傍から離れないように。いいね?」
「はい。」
井上が千鶴を気遣うように告げた後、山崎にも向き合い念を押す。
「山崎君、我々の第一の任務はこの奉行所を守る事だ。だが君は千鶴君を守る事を優先していい。判るね?」
「井上さん、しかし!」
「山崎君、女の子一人守れないで、新選組は名乗れないよ。」
穏やかに井上に諭され、山崎もそれ以上は何も言わなかった。山崎自身、何より千鶴を護りたい。その思いは変わらない。
だが、新選組隊士として、今この時、千鶴を護る事を最優先していられない事も判っていた。
井上は、眉間に皺を刻み考え込む山崎に優しい目を向けた後、千鶴へも声を掛ける。
「皆の事が心配かい?」
「はい・・・だって・・・こんな、銃や大砲相手の戦いなんて、初めてで、皆さんが無事にお帰りになるか不安で怖くて・・・。」
「大丈夫だよ。武士と言うのはね、何があっても約束を違えたりしないものだよ。
あの状況で決死隊に志願した皆は、今の世には珍しい本物の武士だ。
武士とは、男とは、決して女の子を悲しませたりしないものだよ。だから大丈夫だ。」
千鶴は、井上の暖かい声と眼差しに少し安心出来たが、続いてもたらされた報告に瞬時に顔を曇らせる。
「井上さん!山崎さん!敵陣営付近の兵は銃で武装して、とても近寄れません!こちらが間合いに近付く前に撃たれてしまって、どうにも・・」
「そうか・・・それはいかんね・・・。」
穏やかだった井上の笑顔も曇り、山崎と顔を見合わせた後、何かを決したように指示を出す。
「羅刹隊を、出動させよう。」
「源さん、けど・・・それは・・・。」
「今の新選組には、彼等しかいないんだ。」
苦渋に満ちた井上の様子に、千鶴もそれしかないのだと悟り、何も言えなくなる。
そうして山南を初めとする藤堂も加えた羅刹隊が出動して間もなくの事。
ド〜ンッ!!
地響きと共に大音量が轟き、奉行所が揺れる。
「今のはっ・・!!?」
遠くで薩摩藩兵らしい叫びが広間にいる千鶴の耳にも届いた。
「今は新選組の奴らが出陣してこの奉行所は手薄だ!落とすなら今だ!!」
隊士のほとんどが出陣してしまい、手薄になった隙を突いて薩摩藩兵が攻撃を仕掛けてきたらしい。
面では門を壊そうとする怒号が鳴り響き、連続する地響きに千鶴もまともに立ってはいられなくなる。
「井上さん!このままでは奉行所は落ちます!せめて、どこか一隊だけでも呼び戻さないと!」
ふらつく千鶴を支えながら山崎が叫ぶと、井上も頷いて顔を顰めた。
「しかし、誰が伝令に行くというのだね?ここを空けてしまうのは拙かろう?」
山崎は、腕の中にしっかり抱き止めている千鶴にちらりと視線を向けると、何かを決するように目を瞑った。
任務の最中に、こんな風に迷う山崎を見るのは千鶴にとっては初めてで、千鶴の胸に言いようのない不安が過ぎる。
「俺が伝令に向かいます。」
次に目を開けた時、山崎は迷いの全てを捨てて井上にそう宣言した。
銃林弾雨の中、敵陣を抜けて敵本陣を叩いているだろう永倉の隊か、龍雲寺を攻撃している筈の斉藤の下へ走ると言うのだ。
それが危険でない筈などない。けれど山崎の言葉に迷いはなかった。
だが、井上は山崎の覚悟の声を聞いても首を縦には振らなかった。
「君を行かせる訳にはいかんよ。情けない話だが、私一人ではこの奉行所を護りきるのは無理だ。」
「それは・・・そうですが・・・。」
「私が行きます。」
「・・なっ!!千鶴!?」
静かに告げられた言葉に、山崎の双眸が大きく見開かれる。井上すら驚きの余り言葉が出ないようだった。
「私は戦えないです。でも敵に見付からずに龍雲寺か御香宮神社に向かう事は出来ます。
お二人が此処を離れてしまっては、この奉行所を護りきる事は出来ません。
でも戦闘の出来ない私が離れても問題はないし、それが一番だと思うんです。」
「確かに、今此処を離れる事が出来るのは君しかいない!だからと言って!!」
「・・・判った。」
「井上さん!?何をっ!!」
「山崎君。他にいい方法があるかね?こうしている間にも、薩摩藩兵は次々と兵力を投入してくる
ここを落とされてしまっては何の意味もないのだよ。」
「・・・っ!!」
悔しそうに歪められる山崎の双眸に、千鶴はその手を取ると安心させるように微笑み掛けた。
「大丈夫です、山崎さん。絶対死んだりしませんから。あの誓いは、決して破りません。」
「千鶴・・・。」
「山崎さん、だから、ね?」
顔を顰め、何かを堪えるように唇を引き結ぶと、山崎は静かに目を閉じた。
そうして重ねられた千鶴の手を引き、腕の中に小さな肩を強く抱き締めた。
「必ず・・・生きて帰って来い、俺の・・・元へ!!」
強い言葉で千鶴にそう告げると、微かに目を細め千鶴の唇に己のそれを押し付けた。
「山崎さん・・・。」
「約束だ。」
「・・・はい。必ず!!では、行きます!」
千鶴は深く頷くと山崎から身を放し踵を返して駆けて行く。
それを見送る山崎の目には、これ以上ない程の不安と苦渋が浮かんでいた。
護るべき存在。何より大切な存在を、それでも危険な場所へと送り出してしまった自分。
まるで、蛤御門での再現のような現状に、もしまた千鶴が危険に陥ったなら、今度は誰が彼女を助けるのか・・・。
そんな不安が渦巻く山崎の耳に、井上の軽口が響く。
「いや〜〜、若いってのは、いいねぇ〜。」
「い、井上さん!?」
「君があんなに情熱的だとは知らなかったな。うん、珍しいモノを見せてもらったなぁ。」
若い若いと、自分をからかう井上に、今の状況を忘れて自分のした行動とそれを井上に目撃されていた事実に顔に熱が集まって行く。
「い、井上さん!今は、それどころでは・・・。」
「うん、無いねぇ?さて、山崎君。ここからが正念場だよ。
先に言っておくが、男ってモノは女の子と交わした約束を破っちゃいけないよ。
泣かせるなんて言語道断だ。それが好きな子なら尚更だ。」
「井上さん・・・。」
「生き残りなさい。何をしても、どんな事をしても。愛してるんだろう?彼女を。」
「・・・はい。抱いてはいけない想いだとは、判っています。けれど・・・。」
「何がいけないもんかね。人はね、誰かを愛した時が一番強く在れるんだよ。その人の為にね。
だから今の君に敵う相手なんていないんだ。さぁ、行こうか。」
既に奉行所内に入り込んだであろう薩摩藩士の声が遠くに響く。
刃を交わす鍔競りの音と、こちらに向かってくる足音も・・・。
「はい、井上さん。俺は、必ず帰ります。彼女の、笑顔の元へ!」
そう約束したから!!
山崎は刀を構え薩摩藩士を迎え撃つ。それはまるで、絶望へと続くかのような戦いの幕開けだった。

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