短編集

京都美人(?)七変化
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「今日も父様の手掛かりは無しか〜」
私はその日も巡察に付いて回ったけれど、特に何の収穫もないまま一日を終えていた。
沈む気持ちを奮い立たせるように顔を上げると、廊下の先に白い影。
時刻は亥の刻、すっかり夜も更けた深夜。
隊士の面々はほとんどが眠りに就くこの時間に動く白い影に、私は一瞬背筋が寒くなるが、
よく目を凝らせばそれはどうやら女性らしい。しかも・・・
遠目からでもその身のこなしの清廉さと、美しさは匂い立つようだった。
思わずじっと目を凝らしてみていると、その女性はある隊士の部屋へと消えて行った。
「あの部屋は・・・。」
その部屋の主を思い描くと、千鶴は有り得ないと被りを振りつつ、秘かに落胆を隠せなかった。
「そ、そうだったんだ。あんな綺麗な人と・・・私なんか、相手にして貰えない訳だよ。」

翌日、千鶴は真夜中の美女の正体を見極めようと、息を潜め陰に身を隠していた。
そして昨日と同じく夜半過ぎに彼女は姿を現す。辺りを憚る事なく昨夜消えた部屋へと今日も入って行った。
千鶴は、そのまま彼女が部屋から出てくるのを朝まで待ち続けたが、一向に出てくる気配はなく、やっと姿が見えたのは
もう太陽が真上に昇る頃だった。
(朝まで・・・一緒・・・やっぱり恋人なんだ・・・)
もはや確実となった事実に打ちひしがれながらも、極力息を潜めながら彼女を追っていると、
急に曲がり角に後姿が消えてしまう。慌ててその道へと入ると、いきなり背後から首元へと刃物を突きつけられる。
「何者だっ!?」
「・・・ひっ・・・。」
思わずひゅっと息を吸い込み身を固くするが、次の瞬間には千鶴の身は解放されていた。
そうして振り向けば、刃物を持つのはまさに今まで千鶴が追っていたその人だった。
「あっ!」
「君は・・・!」
同時に声を出しお互い指を刺すが、千鶴には相手が自分を見て驚く理由が判らない。
「あの・・・どこかで、お会いしました?」
首を傾げて訪ねれば、一瞬相手は困惑したような色を浮かべる。
じっと返事を待ってると、何かに得心したように頷き、にっこりと笑顔を浮かべた。
「いいえ、以前に一度新選組の屯所でお見掛けしただけどす。」
女性にしては少し低めだったが、綺麗な京都弁で彼女は言った。
「新選組の、屯所でですか・・・あの、失礼ですけど・・・。」
「うちどすか?うちは高島屋の者なんどす。いつも新選組はんにはご贔屓にしてもろうて。」
「高島屋さんの?でも・・・。」
「どないしはったん?何ぞ聞きたい事でもありますのん?そう言えば、もしかしてうちの事、付けてはったんやろか?」
「う・・・実は、そうなんです。どうしてもお聞きしたい事がありまして・・・。」
「うちに?まぁ、なんどすやろか?」
「あの、ですね・・・。や、山崎さんとは、どういうご関係なんですか!?」
恥ずかしそうにモジモジと太股にのの字を書きながら逡巡した後、ガバっと顔を上げて、ずっと聞きたかった事を思い切って問い掛けると
彼女は大きく目を見開いて驚いていた。
「山崎はん、どすか?新選組の?」
「はい、その山崎烝さんです!昨夜も、その前も山崎さんのお部屋に入られるのを見てしまいましてですね、
一体どういうご関係なのかと気になって後を付けてしまった次第なんです!」
「昨夜も、その前も?」
「はい・・・。私見てしまったんです。」
「そう・・・なんどすか。」
「はい・・・それで、あの・・・。」
「お嬢はん?」
「はい!?」
「一つ聞いてもええやろか?」
「はい、何でしょうか?」
「あんたはんが、うちと山崎はんがどういう関係なんか気になってんのは、よう判りました。
そやけど、何でですのん?」
「え・・・?何でって。」
「山崎はんかて一人の男ですえ?ええ人の一人や二人、おってもおかしあらへんやろ?」
「それは・・・そうなんですが・・・・。」
急に山崎との関係を追及され、機嫌を損ねてしまったかと彼女を見れば、それとは逆に、非常に機嫌良さ気に笑っている。
しかもなかなか答えられない私に、尚も「何でやのん?」と聞いてくる。
「あの・・・内緒にして、頂けますか?」
「内緒にしとかなあかんような事なん?何ぞ悪い事でも考えてはるんやろか?」
「ち、違いますよ!私はただ!!・・・ただ、その・・・・。」
「ただ・・・?」
やんわりと訪ねられて、何だか懐かしい香りと笑顔に千鶴もほっとしたように笑顔を洩らした。
「ただ・・・気になったんです。貴女が本当に山崎さんの恋人かどうか・・・。確かめたくて・・・。
確かめて、そしてそれが本当なら、私は私の気持ちに蓋をしなくちゃいけないから。」
「あんたはんの、気持ち?どういう気持ちなんやろ?もしかして・・・山崎さんの事・・・。」
「はい、好き、です。まだ知り合って間もないのに変って思われるかもしれないけど、でも、好きなんです。」
大切な言葉を一度口にしてしまえば、後は流れるようにすらすら山崎への想いを言葉んしていく。
「凄く冷たく見えるし実際冷たい時の方が多いんですけどでも優しい時は凄く優しくて暖かい笑顔が素敵な人で
いつも守ってくれて細く見えるのに逞しくて風のような雲のような掴み処の無い人なんですけどでも!」
一息に山崎への気持ちをまくし立てると、最後に息を吸い込み、もう一度確認するように呟く。
「好きなんです・・・。」
そう言って彼女を見れば、何故か山崎への想いを告白した千鶴より照れて頬を赤くしている。
「あの、大丈夫ですか?顔、赤いですけど・・・。」
「ああ、大丈夫や。いややわ〜うち当てられてもうたわぁ。けどそない事やったら大丈夫。
うちはただの仕事上の付き合いやさかい。昨日もその前も、仕事の打ち合わせで遅うなっただけどすわ。」
「そやから安心して山崎さんに気持ち伝えたらええんよ?」
「そんな!無理です無理です!」
「何でやのん?うちには言えたやないの。」
「いや!だって、私子供だし・・・好かれてる自信もないし。気持ちを伝えて嫌われる位なら、今のままの方がいいです。」
「ホンマに臆病さんやねぇ?あんたはんがそない言わはるんなら、仕方おまへんな、山崎さんには、内緒にしといたらええねんな?」
「はい、と言うか、誰にも内緒にして下さい」
「えぇよ、判った。約束するさかい、安心してや?」
「ありがとうございます!後を付けたりしてすみませんでした!
それでは失礼します!」
「へぇ、お気を付けて。」
彼女はにっこり笑って、立ち去る私に手を振ってくれた。
(良かった・・・)
私は安堵の溜息を洩らしながら、そう言えば彼女の名前を聞いていないなと、今更ながら思った。

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