短編集

彼女と夕日を縁側で
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俺が一人鍛錬していると、彼女、雪村千鶴は急にやってきた。
「お願いが!あるんです!」
彼女はいきなりそう言うと、ぺこんと頭を下げた。

「な、何だ。」
不吉な予感が頭を過ぎるが、それでも一応聞き返してみる。
「私に稽古を就けて貰えませんか!?」
「は・・・?」
「私、江戸にいる時は毎日道場に通ってて、そこそこ強かったんです。
けど、やはり新選組の皆さんと行動を共にして、戦いに身を置くからには
もっともっと鍛錬しないといけないと思うんです!」
だから稽古を就けてくれと、言う事らしい。それは判るが・・・。
「何故、俺なんだ?」
「え・・・?えっと・・・・山崎さんなら、キチンと教えて下さりそうだから・・・?」
と、聞かれても・・・。
「悪いが・・・」
手を上げて断ろうとすると、俺の言葉を遮って、もう一度頭を下げて来る。
「お願いします!私、もう皆さんの足手まといにはなりたくないんです!」
必死に俺の顔を見上げて訴える目には、真剣な表情が浮かんでいた。
俺は軽く嘆息すると、諦めたように彼女に声を掛ける。
「俺は、甘くはないぞ。」
「・・・はい!臨む処です!山崎さん!よろしくお願いします!!」
にっこり満面の笑顔で再び頭を下げるが、その顔が苦悶に歪むのに、そう時間は掛からなかった。
バシッ!!
鋭い音と共に彼女の手から小太刀が弾け跳ぶ。
「甘いっ!何度同じ隙を突かれるつもりだ!」
「はい!すみません、もう一度お願いします!。」
何度小太刀を弾かれようと、何度打ち身を食らおうと、必死に俺に立ち向かって来る姿は、下手な隊士より気合も根性も備わっていると、
内心俺はかなり感心していた。
「いや、今日はもうここまでにしよう。」
「でも・・・!」
「無理をして使い物にならなくなる気か?
だいたい一朝一夕で強くなれる程、剣の道は優しくはない。」
俺が厳しく諭すと、しょんぼりと項垂れてしまう。
「はい・・・。」
「だが・・・。」
「悪くはない剣筋だった。」
ぽんっと頭に手をやると、彼女は驚いたように口を開けた。
「何だ・・・その顔は。」
「山崎さんって・・・笑うんですね。」
「は・・・?」
俺は再び間抜けな声を上げてしまう。
笑った?俺が?
「でも、素敵です!いつもそうやって笑って下さればいいのに。」
「・・・いつもニヤけた隠密など、気味が悪いだけだろう。」
「・・・それもそうですね。」
恐らくニヤニヤ笑いながら隠密仕事をこなす俺を想像したのだろう。若干青い顔をして考え込んでしまっている。
「心配しなくてもそんな気色悪い事はしない。第一、俺は笑ってなどいない。」
「え?笑ってましたよ?」
「笑っていない。」
「笑いましたって!」
「いない。」
「笑った!」
「笑ってない!」
憮然とした顔で言い合う二人。
行き交う隊士が何事かと目を向けて来る。その視線に気付いた俺は、まだ言い足りなそうな彼女を連れて場所を移動した。
「君は意外に頑固だな。」
「山崎さんこそ・・・。」
「君だろう。」
「山崎さんです!」
「君が・・・・。いや・・・。止めておこう。これではさっきの繰り返しだ。」
ふぅと息を吐き目を伏せる俺を、彼女は心配そうに覗き込んで来た。
「もしかして、怒りましたか?」
「いや、怒っていない。」
「ホントですか?」
「あぁ、それより、腕を見せてみろ。かなり強く打ち込んだから、腫れている筈だ。」
「あ・・・。」
はっとしたように腕を抱き締める顔に、もしやと思い・・・。
「もしかして、今まで痛みを忘れていたのか?」
「・・・・はい、その様で・・・・って言うか、痛いですね。」
涙目になって俺を見上げる彼女は、実に間抜けでおかしかったが、
それを顔に出すと拗ねられそうなので、敢えて無表情に打ち身に薬を塗って行く。
「あの・・・。」
「何だ?」
「また、稽古を付けて頂けますか?」
「・・・・・。」
「やっぱりこんな出来が悪い弟子は嫌ですか?」
「いや・・・そうだな・・・。」
「やっぱり!?」
「あぁ。その『嫌』じゃない。また、稽古を付けてもいい。」
「ホントですか!?」
「あぁ、あんたと過ごす時間は、それ程嫌いじゃない様だからな。」
腕の治療を終えて、二人肩を並べて縁側に座る。
こんな風に、暮れて行く夕日を見るのも悪くない。
俺の言葉に何故か嬉しそうに頬を染めて俯く彼女は
沈む夕日と同じに見えて、そんな事を思った。
胸に芽生えた想いの名を知るのは、まだ先の話だろう。
今はただ、暮れゆく陽を惜しむように、この時間を大切にしようと思う。

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