短編

師は走らねど弟子は廻る
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年末も差し迫った冬。
外では静かに雪が降り続けている。
しかし室内では火鉢が置かれ暖かい空気に包まれていた。
・・・筈だった。
「ひ・・・土方さん・・・。」
「何だ。」
「これ・・・終わりません・・・。」
「判ってんなら口より手ぇ動かせ!明日だぞ、明日!」
「動かしてます!動かしてますけど・・・何で近藤さんの分まで引き受けるんですか!?」
「うるせぇ!しょうがねぇだろうが・・・。頼むって、言われちまったら・・・。」
それまで語気荒く怒鳴り散らしていた土方だったが、痛い所を突かれたのか尻すぼみにブツブツと呟き出した。
「もう・・・これ、一人で全部書く気だったんですか?無理がありますよ。もっと早く言ってくだされば良かったのに。」
「お前だって・・・年末で色々忙しいだろうが。俺がやらなきゃいけねぇ事を、手伝わすのは悪ぃと思ったんだよ。」
結局手伝う羽目になっているのだから、それなら最初から言って欲しかった。
とは言っても、声を掛けたのは千鶴から。たまたまお茶を持ってきて、膨大な挨拶状を書く土方を見兼ねて手伝いを申し出たのだ。
「土方さんのそういう所は好きですけど、限度があります、限度が。」
「・・・好きって、お前なぁ・・・。女が簡単に男に好きとか言ってんな。」
「・・・簡単に、言ったように見えます?」
書状を書きながら顔も上げずに千鶴が言った言葉に、土方は内心かなり焦りながら鼻で笑う。
「はっ!お前みてぇなガキの好きなんて、たかが知れてるだろうが。」
照れ隠しではあったのだが、素気無く言い捨てた土方に、千鶴が息を飲むのが判った。
さすがに言い過ぎたかと思ったが、時すでに遅し。
一気に無表情になった千鶴は、先程まで文句タラタラやっていた作業を寡黙なまま続けて行く。
暖かい室内の空気を氷点下に下げながら、続けられた作業は思いの他首尾よく進み、何とか明日送る目処が立った。
「あ〜つっかれました〜。肩痛い〜。指も痛い〜。」
コキコキ肩を鳴らす千鶴は、少し機嫌が直ったのかピリピリした空気はない。
土方は先程の失言の侘びと、手伝わせてしまった礼を如何にするかに頭を巡らせて、手持ち無沙汰になり煙管へと手を伸ばした。
「あれ?土方さん、煙管吸われるんですか?」
「あ?ああ・・・お前の前では吸った事なかったか?」
「はい、初めて見ました。」
興味深そうにマジマジと見てくる千鶴に苦笑しながら、土方は手招きする。
「??どうしました?」
「疲れたろ。ちっと横になれ。」
「え?はい?」
土方がそう言うが早いか、腕を引かれたと思えばゴロンと寝転がされていた。少し筋肉質で固い膝の上に・・・。
「あああああのっ!?土方さん!!??」
「生憎手が届く場所に枕がねぇんだ。我慢しろ。」
「え?枕って・・・・。いいですいいです!土方さんだって疲れてらっしゃるのに!」
「何だ?俺の膝枕は不満だってのか?」
「違いますって!そうじゃなくって!」
「不満じゃねぇなら黙って寝てろ!」
何故休めと言われて怒鳴られるのか・・・。理不尽に思いながらも煙管を吹かす土方を下から見上げる。
綺麗な顔だなと思う。さらさらの黒髪も、およそ崩れた箇所のない顔立ちに見惚れそうになる千鶴に土方が眉を上げて見下ろしてくる。
「何だ?そんなに珍しいか?」
顔に見惚れていたのではなく、煙管を見ていたと思ったらしい土方が、煙管と千鶴を交互に見比べ意地悪く笑う。
「興味があるなら、やってみろ。」
「え?いや、私は・・・。」
いいです、と手を振る前にその口が土方によって塞がれた。
かと思えば途端口中に広がる苦い香りと煙。
「っ・・・・・!!ごほっ!ひ・・じっ・・・方さ・・?」
「お前みてぇなお子様には、まだ早かったろ?」
私やりたいなんて言ってないです!そんな非難を込めて土方を睨むが鬼の副長は楽しそうに笑うだけ。
「苦かったか?」
「どこが美味しいのかさっぱり判んないです。」
「ま、これが大人の味ってヤツだ。お前には・・・こっちか。」
「え?」
文机の上にあったある物に手を伸ばした土方は、それをぽんと千鶴の口に放り込む。
「甘いか?」
「これ・・・飴玉??甘い・・ですけど・・・さっきの煙管の味と混じって変な味がします・・。」
ぐにゅぅっと眉を顰める千鶴に、はぁ?と笑って再び土方は千鶴に口付ける。
「げっ、まず!」
「まずっってちょっと土方さん!?それ酷くないですか!?」
「そうだな・・・口付けて、不味いってのは、あれだな。」
仕方ねぇなと溜息をつき、煙管を置くと、改めて千鶴に被さり口を吸う。
何度も吸われる内に、甘さと苦さの混じった味は消え、お互いのそれしか感じなくなる頃、やっと土方は千鶴を解放した。
「く・・・苦しかった・・・。」
「お前はいつまで経っても巧くなんねぇなぁ?まぁゆっくり慣らしてけばいいか?なぁ?」
にやりと笑う土方に、今度は違う意味で疲れそうだと顔を引き攣らせる千鶴。
部屋の外では雪が降り積もり、師走の慌しさも忘れた二人の情事を静かに覆い隠していくのでした。

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