逢魔が刻に哭く鴇


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「これで全部?千鶴」
「うん、これで終わり。手伝ってくれてありがとう、平助君」
にこにこと通常営業の笑顔を振りまく千鶴は、大量の洗濯物を抱え額に薄っすら汗を掻きながらも楽しそうだ。
たかが洗濯の何がそんなに楽しいのかさっぱり理解出来ないが、平助からすれば千鶴が笑っている事が一番大事なのだから、その傍に居られるなら嫌いな洗濯を手伝う事は苦でもなんでもない。
寧ろ片時でも傍を離れてまたいきなり居なくなったらと思うと不安で仕方ない。
同じように不安を抱える隊士、特に幹部達は多いようで四六時中誰かしらが千鶴の傍に付き添っている。
「いいっていいって!皆の洗濯を千鶴一人でなんて大変じゃん!手が空いてる時なら何時でも手伝うし、寧ろ手伝わせてくれよ」
「そうでもないよ?綺麗に洗った洗濯物を干すのも畳むのも好きだもん。でもありがとう、またよろしくね?」
自分達とは違う白く細い指が、袴にきっちりと火熨斗を当てていく。
当然千鶴の視線は袴に注がれたままで、こちらを横目に見ながら相槌を打ってくれる。
無視されている訳ではないのに自分以外に向けられる視線が酷く寂しいと思ってしまうのは我が儘なんだろうか?
迷って迷って袋小路に陥った平助をその白い手で掬い上げてくれたように、今もまた迷子になりそうな自分を助けて欲しいと思うのは弱さだろうか?
湯気の立ち上る袴を横に置いて冷ましながら、新たな袴を伸ばして火熨斗を当てようとする千鶴の手を、気が付けば知らず握り締めていた。
「平助君?」
両手で包み込んだ手をじっと見つめたきり動かなくなった平助に千鶴の気遣わしげな声が聞こえる。
「なぁ、千鶴。今度はさ、どっこも行かないでくれよ」
「今度?」
「何で忘れちまったんだよ、千鶴」
憶えていてくれたなら、少しは安心出来たかもしれない。
もしくはもっと不安になったのかもしれない。
鬼である自分と人である自分と、どちらも捨てられず中途半端だった自分を、どちらか一つだけを選ばなくていいのだと受け止めてくれた少女。
『人で在りたいなら人で在ればいいじゃないですか』
そう言って笑ってくれたから今もまだ新選組の皆と共に歩んでいける。
なのに何故だろう。
また揺らぎそうな足下に、自分の立ち位置を見付けられなくて不安でどうしようもない今この時、まるで自分を救う為に再び目の前に現れた少女を前にしてもどっちを向いていいのか判らない。
「・・・俺、どうしていいか判んねぇよ、千鶴」
ぎゅっと手を握って俯いたままの平助を、何を思ったのか千鶴はいきなり手を振り解き火熨斗を片付け始めた。
「千鶴?」
以前はずっと握ってくれていた手を、どうして今は突き放されたのかその意味が解らず泣きそうになった。
縋るように視線を上げるといつもより少し大人びた笑みを浮かべる千鶴が見下ろしてくる。
「散歩しよっか、平助君」
そう言って振り解いた手に千鶴から指を絡め外に引っ張って行くから、逆に慌てたのは平助だ。
「ちょ・・・駄目だって!土方さんの許可がないと外には行けねぇから!」
「ちょっとだけ!門の周りを歩くだけ!」
「駄目だって!千鶴!」
一緒に散歩しようと誘われて、嬉しいけれどこれがバレた時の土方の雷が怖い。
そう思って必死に引き留めるにも関わらず千鶴の歩みは止まらない。
「ね、ちょっとだけなら平気だよ」
「平気な訳ねぇじゃん、ああ、もう・・・」
眉尻を下げて情けない声を出しつつ、引かれる手の温もりに自然と口角も上がり渋々と言った振りを装いながら、その実かなり浮き立っていた。
「ね、平助君はどうして新選組に入ろうと思ったの?」
「俺は・・・行き当たりばったり、かな」
「そうなの?」
「山南さんがいたし、皆と居るのは楽しかったから。それに、俺には此処しか居場所なんかねぇし・・・」
「そっか、大好きな皆と一緒に居たかったからなんだね」
「べ、別に大好きとかじゃねぇし!左之さんは酒ばっかだし新八っつぁんは人のおかず取ってばっかだしさぁ、土方さんはこえぇだろ?
山南さんもいい人だけど、何考えてっか解んねぇし・・・」
「でも離れたくなかった?」
「・・・―――かも、しんねぇ」
「だから解らないの?どうして自分が此処にいるのか、理由が解らないから、どうしていいか解らなくなったの?」
平助の言葉に被せるように問いを繰り返す千鶴の声に責める響きは無い。
どころか労るような暖かい声音に平助の中に燻る苛立ちや蟠りを少しずつ解きほぐされていく気がした。
「好きだとか、嫌いだとか、それだけじゃねぇよ。俺だって、考えてる。どうするのが一番いいか、何が自分が望む未来なのか、それで・・・此処に居る事を選んだんだ」
「うん、だよね。私は昔の平助君を知らないけど、一杯悩んで一生懸命前を見ようとする平助君は格好いいと思うよ」
「格好悪ぃよ、悩みまくりだし」
『昔の平助君を知らないけど』
その言葉に一瞬だけ傷付いた目をした平助に気付かず、千鶴はやんわりとした笑みを向ける。
「格好いいよ?」
向けられた笑みがあまりに優しくて、うっかりすると泣いてしまいそうで俯いた視界に白い手が入り込む。
温もりを宿した手が節くれ立った平助の手を掴み、大丈夫だと言うように強く握られた。
「どうしていいか解んないって言いながら、投げ出さずに悩んでる平助君は、結構好きだよ」
それは反則だと思う。
平助は千鶴の言葉に今度こそ泣いても良いかなと思った。
自分が求める種類ではない『好き』を、全く別の意味で与えてくれる千鶴を少し憎らしく思いながら嫌いになど絶対になれない。
それが解っているから繋がれた手を握り返して、少し困ったような笑みを浮かべた。
「ありがと」
求める想いじゃないけど嫌われていないのならまだ望みはある。
以前と変わらない優しさと温もりをくれるこの少女を失わない為に、自分に出来る事はきっとある。
だからもう一度、今度はさっきよりも強く手を握って、ただ居なくならないでと願いを込めた。






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