逢魔が刻に哭く鴇


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「・・・なるほど、そう言う事ね」
口ではなんだかんだ言いながら千鶴には甘い風間の事。
本当ならば新選組等と言う生粋の鬼ではなく、せめてもっと低級な鬼で瘴気に慣らす方が得策だろう。
それをわざわざあの壬生狼に任せると言う事は、千鶴が幼い頃一時的とは言え奴等に庇護された過去があるからだ。
本人が忘れたとしても相手が覚えている事は確実で、危害を加えられる心配もほとんど無い。
自分の報告から千鶴自身が今の状況を楽しんでいると察した風間は、郷に閉じ込められる事を内心では嫌がっている幼い妻へ祝儀前の判り難い優しさを見せたと言う所なのだろう。
「マジで天の邪鬼だな、お前。もっと素直にならねぇと結婚して速攻三行半突き付けられるぜ?」
「不知火、貴様・・・余程死にたいらしいな?」
ダンッ!と今度は小刀でなく愛刀『童子切安綱』が脇腹を掠め目の前に風間の赤い瞳が迫る。
一気に血の気が下がった不知火は咄嗟に腰の銃を引き抜き刀身を受け止めたが、どうやら本気で気分を害したらしい風間は止まる気もないようだ。
「ちょ、ちょーと待て!冗談だろ、冗談!つか一々斬りかかってくんなよ!」
「問答無用」
「どわあああああ!!!あぶっ!危ね・・・っ!くそ!お前いつか絶対千鶴に愛想尽かされるからなぁっ!!」
少しばかり情けない捨て台詞を残し窓から逃走した不知火を見送った風間は、小さな舌打と共に刀を鞘に納めいつの間に訪れたのやら戸口に立つ黒ずくめの男を睨みつけた。
「馬鹿だ馬鹿だとは思っていたが本当に馬鹿だったか」
心底馬鹿にし切った台詞には大いに賛同する所だが、何故こいつが今ここにいる?
「・・・貴様か。ここで何をしている、貴様の役目はあれの護衛だろう」
「あんたに言われずとも承知している。要り用があったので戻っただけだ。万が一の為に変若水を寄越せ」
「・・・天霧に言え。言っておくが、万が一の前に貴様がどうにかしろ」
「その前に・・・現状で姫は随分奴等に懐いているんだが・・・もしもがあればどうする気だ?」
「なんだ、もしもとは」
不知火が逃亡し、代わりに現れた男は腕を組んで壁に背を預けその場に佇んだまま風間を睨み据える。
どうするんだと聞きながらどこか楽しんでいる風情にチリリと苛立ちながら、それを顔には出さず睨み返すだけに留めた。
チラとでも不快さを出そうものなら、この男はそれを心底楽しむに決まっている。
誰がそんな餌を与えるかと無表情に言い返したつもりだったが無駄な努力に終わったらしい。
「新選組の奴らは存外姫を気に入ってるようだ。ただの懐かしさや幼かった姫への庇護心が特別な感情に変わる可能性も無くは無いだろう?」
「仮にそのような事があったとしても、千鶴にその気が無ければ無駄な事だ」
「なるほど、呆れた自信家だ。俺には関係ないが、いざと言う時帰りたくないと駄々を捏ねられると面倒だからな、あんたがしっかり手綱を握っていろ」
言われずとも解り切った事を言うなともう一度睨んでやると、軽く肩を竦めて出て行った。
残された風間は不知火と同じような言葉を吐いて言った男にこそ斬り付けてやれば良かったと既に閉じた襖を睨みつけた。
そして怒りの矛先が変わった事を知らない不知火は、ちょうど屯所まで辿り着いた所だった。
結構必死に逃げた自覚もあるので、俺格好悪いとか思って落ち込んでいるのは絶対誰にも言えない。
(さぁて、今日も姫さんは元気かね)
恐らく千鶴が新選組に身を置く限り、定位置になるだろう木の上でのんびり見物と決め込んだ視線の先。
以前見掛けた赤毛とは別の男と仲良く洗濯を取り込んでいる千鶴が見えた。
(呑気に笑いやがって。こっちの気も知らねぇで)
それでも千鶴が楽しんでいるならいいかと思ってしまう辺り、自分も風間に負けず劣らず甘いんだろう。


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