逢魔が刻に哭く鴇


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「あの、沖田さん。ご自分のお仕事はいいんですか?私なら大丈夫ですよ?」
「ん?ああ、僕の心配してくれるんだ、ありがとう。でも全然平気。巡察以外の仕事なんてどうでもいいのばかりだから」
一番組組長と言う立場にありながら、どうでもいいと言ってしまえるのは沖田の奔放さ故か。
これを鬼の中の鬼と呼ばれる副長が聞いたならどんな雷が落とされるか付き合いの浅い自分にも想像が付いた。
「でも、隊士の方の指南とか書類とかあるんじゃ・・・」
「指南なんて真面目な斎藤君や脳みそまで筋肉の新八さんに任せちゃばいいんだよ。大体僕に書類なんて書かせたらあっという間に全部紙形や落書きまみれだと思うけど?」
「・・・・・・」
にこにこと人好きそうな笑顔を見上げて無言になった処を見ると、その光景も同じく容易に想像出来たのだろう。
これは何を言っても無駄だと諦めて自分のやるべき事へと向き合い小さく肩を竦めた。
とは言っても、今腕の中にある汚れ物の数々は本来ならば他の隊士に宛てられた洗濯物だったのだ。
それを半ば無理矢理奪う形で自分の仕事としたのは退屈だっただけでなく何もしない時間が居たたまれなくて仕方なかったからだ。
郷にいる時も末は頭領の奥方となる自分は家事等あまりさせて貰えなかった。
それでも側近の目を盗んでは洗濯や掃除に勤しみ厨に足繁く通ったおかげで一通りの家事は出来る。
その度に美しく優しいけれど自分以外にはとんでもなく厳しい許嫁によって、一番仲の良い側近が死にそうな目にあっていた現実は本人とっては遊びの延長としか思っていない。
(ちかちゃん、怒ってるだろうな)
既に呼び慣れた愛称を口の中だけで呟いて、いつも零される苦言がない事に寂しさを憶える。
(匡ちゃんも、天霧さんも、心配してるかな)
―――ちなみに皆がちゃん付けなのに自分だけがさん付けである事を秘かに天霧が心痛めている事は本人だけが知らない。
「ねぇ千鶴ちゃん、洗濯なんかいいから遊びに行こうよ」
「駄目ですよ、沖田さん。私は言わば居候の身なんですから、出来るお手伝いはやらないと」
居候と言ってもこっちの都合で虜囚扱いじゃなかったか。
そんな事を思って鼻知らんだ沖田は、それきり背を向けて井戸まで行ってしまう背中を見送り笑みを深くした。
変わっていない、と思うと安心する。
何故か共に過ごした日々を忘れてしまった事は酷く寂しかったけれど、それでも彼女の大切な部分は何も変わっては居ない。
その事がこれ程嬉しいとは正直思わなかった。
たった半年。
一年にも満たない短い間に、暗く沈み込んだ自分を丸ごと掬い上げてくれた少女。
二度と逢えないと思っていたのに、まさかこんな形で再会が叶うとは誰も思っていなかっただろう。
無表情に見える土方や斎藤ですら喜びを顕わにして、何くれとなく纏わりつく平助や左之も言わずもがなだろう。
今は留守にしている山南だって目の色を変えるに違いない。
重い桶を必死に持ち上げては水を汲み上げる背中を、愛しく見つめながら沖田は思う。
「変わってないなぁ、本当に・・・・・・あれ?」
しょうがない手伝ってやるかと足を踏み出した処で、少女に近付く黒い影に踏み出した足毎止まる。
思わず顔が歪むのは仕方ないだろう。
あの男は何故だか沖田の気に障る事しか言わない上に土方に絶対の忠誠を誓っているように見える。
局長である近藤ではなく、土方にだ。
歪んだ顔のまま素速く近付いた沖田に一瞥をくれた男は、ついと視線を外し再び千鶴に向き合った。
千鶴はと言えば何故かポカンと口を開けて固まっている。
「初めまして、君が雪村君だな?俺は山崎烝。監察方故滅多に顔を合わす事は無いだろうが、念の為挨拶だけしに来た」
「は、じめまし・・・て・・・?え?あの、え???」
「ああ、初めまして」
「あの、え?え・・・と・・・?」
どうも様子がおかしい。
初対面だと言う山崎に対し千鶴の態度がどこか不自然でぎこちない。
「どうしたの千鶴ちゃん。山崎君に何かされた?」
「人聞きの悪い事を言わないで下さい沖田さん。いきなり見知らぬ男に話し掛けられて驚いただけでしょう。
雪村君、すまなかった。俺はもう行くが・・・それは隊士の着物か?」
「あ、はい」
それ、と顎で示した着物を見て千鶴は大きく頷き再び山崎を見上げる。
「人の洗濯をしてやるのはいいが、あまり他の隊士を甘やかさないように、では」
それだけ言い置いて颯爽と立ち去った山崎の背中を呆然と見送る千鶴は、心底驚きながら仄かに微笑んでいるように見えた。
それが何故かは判らないが沖田としては面白くない。
随分昔、共に過ごした自分達より、山崎との出会いを喜んでいるように見えて面白くない。
「千鶴ちゃん、山崎君の事知ってるの?」
「え!?いえ・・・っ!全然知らない人ですけど!!」
ぱっと振り返り大きく見開かれた目が、雄弁に『嘘です』と語ってはいたがあまりにはっきり否定され過ぎて突っ込む気にもならない。
何より山崎本人がそれを許さないだろう事は先程のやりとりからも見て取れた。
「ふ〜ん・・・その割に嬉しそうだね、千鶴ちゃんは山崎君みたいな人が好みなの?」
「好み?」
こてんと首を傾げて何の事だと問い返す仕草はやっぱり可愛いけれど、どうにもこうにも収まらない腹の虫に沖田はイライラと唇を噛むだけだった。
















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