1/1ページ目 「なんだと?」 ギリと音が聞こえそうな程握り締めた拳を前に、側近の天霧は再び同じ言葉を紡いだ。 「千鶴様のお姿が、どこにも見えません」 「どこにも見えぬとはどう言う事だ」 「湯殿を済ませて休むと部屋に向かわれた所までは確認したのですが」 「それが今は居ない、と?」 「はい」 「なんだなんだ?あの馬鹿何処に行きやがったんだぁ?」 何処に行っていたのかひょっこり戻ってきた不知火の脳天気な声と重なるように風が舞った。 「・・・風間、苛立つのは構いませんが襖に穴を開けないで下さい」 「ちょっと待て、コラ!小刀投げ付けられた俺には何も無しか!」 「襖を直すのは私だ、これ以上の仕事を増やさないで貰いたい」 それでなくとも天霧の報告に機嫌を急降下させていた風間は不知火の遅すぎる到着に一気に沸点に到達したらしい。 襖を突き破り廊下の壁に刺さった小刀を抜きながら、自分の間の悪さを呪いつつ念の為確認してみる。 「で、あいつ何処行ったんだ?」 「知らん」 「こんな夜更けに、寝惚けられた訳でもないでしょうし」 「有り得るぜ、あいつ呆けてっから」 寝惚けて不知火や天霧の布団に潜り込んだ前科を持つ千鶴の信用は薄い。 だが今日は風間と一緒に寝るからと起きて待っていた筈だ。 しかも宿の何処にも姿が見えないとは事態は急を要する。 「不知火、千鶴を捜せ。京の姫には俺から断りをいれておく。天霧も行け。万が一と言う事がある」 「了解した」 「全く・・・あの馬鹿帰って来たらお仕置きだ」 一つ頷いて気配を消した天霧と、ぼやきながらも風だけを残し出て行った不知火を無言で見送った風間は千鶴と見ていた月を見上げる。 「やはり、連れて来るべきでは無かったか・・・」 風間にしては珍しく後悔を滲ませた呟きを漏らしていたその時、当の千鶴はと言えば嘗て無い危機に陥っていた。 (ど、どうしよう・・・) 目の前には食い散らかされた人間。 そして食い散らかしたと思われる本人(複数)。 更にそれを一太刀で絶命させた、恐らくは鬼(これも複数)。 三者三様に血に塗れた姿を月明かりの下に晒し、怯えるでなく見上げる自分を見下ろしている。 鬼らしき二人には見覚えがある。 本人達にではなく、着ている羽織に。 (新選・・・組・・・) 風間にあれ程危険だからと言われていたにも関わらず抜け出した罰だろうか。 もしかして自分はここで殺されてしまうのだろうか。 呑気にそんな事を考える千鶴は切羽詰まった状況にも関わらずあまり危機感を抱いては居なかった。 それは目の前の鬼達から殺気が感じられなかった事と、先程宿で呼ばれように感じた声と同じ声が彼らから聞こえる気がしたからだ。 「君・・・もしかして、千鶴・・・ちゃん?」 「え・・・?」 「やっぱり千鶴ちゃん!何で!?どうしてこんな処に・・・!」 「総司、落ち着け。千鶴に再会出来たのは喜ばしいが、状況が悪い」 「状況って・・・ああ・・・そっか、千鶴ちゃん見ちゃったんだ?」 「・・・何も、何も見てないです・・・」 何にも解らないがここで肯定してはいけないとぼんやりと思った。 鈍臭いといつも言われているが危機察知能力だけは高いのだ。 天然過ぎる故に全く活かされていないけれど。 「どうした」 「副長、粛正の現場を一般人に目撃されました」 「何・・・?」 「一般人だけど、彼女は赤の他人じゃないでしょ一君。土方さん、まさか殺しちゃったりしませんよね?」 また増えた・・・。 しかも副長と言う事は偉い人。 私やっぱり殺されるかも。 呑気にそんな事を思う千鶴に、土方はきつい眼差しを向けた。 それが驚愕に見開かれた事に、一番長身の男が得たりとばかりに笑い掛けて来る。 「やっぱり土方さんも驚いた。僕だって驚きましたけどね、まさかこんな処で会えるなんて思わなかったから。会えて嬉しいよ千鶴ちゃん。元気だった?」 「あの・・・えっと・・・」 「とりあえず、此処で話し込んでる訳にもいかねぇだろ。一先ず屯所に戻るぞ」 「御意」 「だってさ、千鶴ちゃん。立てる?手、繋ごっか」 「は、はぁ・・・」 何故か解らないがこの鬼達は自分の事を知っていて害する気はないらしい。 それでも何処かに連れて行かれる事は避けたい千鶴は逃げるか否か暫し迷う。 その迷いを見咎めたのか、長身の男がいきなり手を取って歩き出した。 振り払うには些か難しい強さで握られた手に戸惑いつつ、殺されたらどうしようとやっぱり少しズレた事を考える千鶴は鬼達の住まう屯所まで連れて行かれる羽目になった。 続 [指定ページを開く] <<重要なお知らせ>>@peps!・Chip!!をご利用頂き、ありがとうございます。
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