山下智久 Cross Space
2015年03月21日(土)
【山下智久 Cross Space 2015 Mar 20】

智久:こんばんは、山下智久です。金曜夜11時半。ここからの時間は、山下智久Cross Space。TOKYO FMをキーステーションに全国38局をネットしてお送りします。

東京は今週から春が来た感じ。もうすぐ桜が満開だね。

今日はメールから。
ラジオネーム、ゆうゆう。15歳。


「私は春から高校生になります。友だちができるか不安です。山Pは自分から声を掛けますか?それとも、掛けられるのを待ちますか?全国の新高校生に、友だちの作り方を教えてください」


はい。そうですね、ちょうど、3年ちょっと前かな?僕がアメリカ横断したんです、番組で。そんときに、マネージャーもいないし、いつもよく仕事をするスタイリストもメイクさんもいない。えー、それで、スタッフと僕だけだったんですね、男…。んで、俺すごい人見知りだし、すごい警戒心が強いんで、最初全然仲良くなれなかったんですけど。あの…自然と、同じ時間を過ごすようになり、自然と同じ時間にこう、食事をして、寝て、行動を共にするようになるよね。そうすると自然と、なぜかいつもこの人の隣に座るなと。この人かあの人の隣に座るなと。無意識のうちに、決まってくるんですよね。しゃべりやすい人と、しゃべりにくい人と。で、そういうふうに、友だちって、自然にできるもんだと思いますよ。無理して、声を掛ける必要もないし、別に声掛けたかったら掛けてもいいんだけど。なんか、気ぃ張って、「友だち作るぞ!」っていう感じでスタンバってなくてもいいのかなって思いますね。ホントに自然に話の合う人が自然にこう、うん、類は友を呼ぶし、やっぱり、これから楽しいことがね、春、たくさん待ってると思いますんでみなさん。このゆうゆうちゃんも、そんなに気負いせずに、自分らしく、うん、いれば、自然と素敵な友だちに会えると思うよ。


さて、この番組では毎週いろんなテーマと僕がクロスして最後に方程式を編み出してるんだけど、今日のクロステーマは、こちらです。


『山下智久×ラジオ』


Radio,Yeah
今、僕が喋っててみんな聞いてるこのラジオ。ネットやテレビと違って映像がないメディアですよね。声、そして音楽といった音のみ、みんなのもとに届けるちょっと不思議な存在です。
今日はラジオの電波で、ラジオとクロス。
イェーイ♪
なんだかちょっと不思議な感じだけど。ラジオの魅力ってなんなの?って僕なりに紐解いていきたいと思います。

山下智久Cross Space。このあと11時55分まで。まずは一緒に音楽を聞きましょう。
まずは1曲。ピットブルで「ギブ・ミー・エブリシング」


♪「Give Me Everything」
 Pitbull



智久:TOKYO FMをキーステーションに全国38局をネットしてお送りしています、山下智久Cross Space。
今日のクロステーマは『山下智久×ラジオ』


■ラジオ初めて聞いたのは、もう意識してなかったなあ。まあでも車ん中だろうね、きっと。あの、母親の車に…乗ってる時とか…そういうときに自然に流れてたんじゃないかなと思います。


■リスナーとして聞くラジオってどんな…うーん…どんな…まあでも、おもしろいよね。その時間帯によって話してることも全然違うし。そのいろいろなトピックに分かれてるし。ね。気になることを、こう、リスナーさんがファックスで、ね、その、ラジオのコメンテーターの人に質問投げかけて、やりとりしたりとか。そういうの聞いてると、「あっ、なるほどね〜」とかって。
その気になる質問もなんか、ね、他の人が聞いてくれて、「あ、なるほど。そういうことか」って一緒に参加できるっていうのもあるし、あとは淡々とこう一人で聞く、一人で聞いて楽しむっていう楽しみ方もあるし。
ね、物語とかラジオドラマとかもあるからね。でもこうやって耳だけで情報を得て、いろいろそう…いろんな想像がかき立てられるっていうこの、ある意味なんかちょっとこうね、焦らされてる感じがするけど。そこがまたラジオの魅力でもあるのかなと、思ってます。


☆ちょっとここで簡単にラジオの歴史を話します。

世界で初めてラジオを流したのは、元エジソンの会社の技術者。え〜、カナダ生まれの電気技術者で、レジナルド・フェッセンデンという人です。1900年のこと。ま、音質はかなりひどいものの、最初の通信テストに成功。今から115年も前の話です。正式なラジオ放送は1920年。アメリカ、ペンシルベニア州で放送を開始されたKDKA局と言われています。最初の番組は大統領選挙のニュースだったそうです。
日本では、1925年、NHKが東京芝浦の学校内に設けた仮送信所から発したアナウンサーによる第一声が最初と。
『あ、あ、聞こえますか。JOAK、JOAK。こちら、東京放送局であります。こんにちは。ただいまより放送を開始致します』
これが最初の一言と言われています。第一声ですね。

電波から流れてくる人の声ってそれまで無かったわけだから、相当ビックリしたろうね!魔法だなと思うだろうね、きっとね。
「この箱に誰か入ってんのか?」
っつって。
ふふふっ♪

で、当時ラジオ持ってる人なんて、ほとんどいなかったんで、この放送を聞いた人は本当に極わずか。関係者の人だけだったと。そんで、ラジオが完全に普及したのが1960年代。

まだそんな感じなんですね。

ラジオが電気屋さんで売られるようになりました。でも当時はまだまだ高価な存在。ラジオを買った家族がいたらその家にみんなで行って、みんなでラジオを聞いていたんだって。

今ではね、みんなでわざわざ集まってラジオを聞くなんていう文化ないからね。面白いね。

そして1970年代になると、車社会になって、カーラジオが生まれて、ラジオは一家に一台からひとり一台というパーソナル化の方向に向かう、と。

いやすごい進歩ですね。
そしてまあ僕が全国に向けて番組をやっている此処、TOKYO FMの開局も1970年、と。歴史あるね。音楽番組や深夜のトーク番組が登場して、今のラジオカルチャーの基礎ができたのは1970年代なんだって。一番なんか楽しそうな時代だよね。今から40年くらい前ですね。もちろん僕はまだ生まれてない時代の話。5年前には、radikoが登場して、パソコンやスマホでもラジオが聞けるようになったけど、ラジオってね、実は昔から根本的なところは変わらないですよね。

電波に乗せて声を届けると。すごい。でもすげえな。未だに、カラクリは分からないもん俺も。どうしてこの今しゃべってる声が、ね、青森の人、九州の人、沖縄の人に届いてるのかと。すごいよね。北海道もそうだけど。こんな東京から日本の一番端まで行くんですからね。ま、これは115年前の最初の放送の時とね、変わらない、と。

いやあすごいね。しかし、この70年代以降、ひとり一台普及して、そっから約40年。40年で今、もうすごいですよね。電波から始まってもう、テレビ電話が出来ちゃう時代になって。どんどんどんどんこう、進歩、科学の進歩は、すごいですねホントにね。でも不思議だわあ。声だけで。ね。だから、テレビがあるのに、まだラジオがあるってことはやっぱラジオの需要がすごくあるってことだしラジオが好きな人がホントにたくさんいるってことなんですよね。いやいやいやいや面白いね。


そして、このあとは今日の方程式いきたいと思います。と、その前に、1960年代、ラジオが世界的に普及した時代に、流れていた曲です。ルイ・アームストロングで「ホワット・ア・ワンダフル・ワールド」


♪「What a Wonderful World」
 Louis Armstrong




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